新聞雑誌に「琉球自治区」

皇紀2671年(平成23年)3月4日

 参議院予算委員会で3日、前代未聞の「与党民主党による審議拒否」という事態が発生しましたが、わが国はこのようなことでよいのでしょうか。

 http://sankei.jp.msn.com/world/news/110303/chn11030321130006-n1.htm
 ▲産經新聞:中国画策、沖縄を「琉球自治区」に 海軍機が尖閣接近

 沖縄県石垣市尖閣諸島に忍び寄る中共の魔の手については、昨日記事でも取り上げましたが、『月刊中国』日本語版の鳴霞主編によりますと、「中共誌に『中華民族琉球自治区』援助準備委員会設立の公告が載っていた」というのです。

 中共では新聞・テレビメディアはもとより、インターネットに至るまで政府の統制下にあるため、実は自由な情報収集が人民に出来る状況にはありません。「今はネットで中国人も正しい情報を知ることが出来ている」とは、全くの大嘘です。

 そこに「中華人民共和国琉球自治区」や「中華民族琉球自治区」といった文字が見られる背景には、鳴氏の言った「公告」の存在があるのでしょう。これは一般の「広告」ではありませんから、政府による公式な見解です。

 つまり、もはや公然と中共が「沖縄県を侵略する準備に入った」と宣言したのですから、わが国政府は一刻も早く私たちに広くこれを知らせ、迎え撃つ準備をしなければなりません。これはよもや好戦的に申しているのではなく、一刻も早く相手を牽制して(かつての「太平洋分割構想」と同様に真意を探って)むしろ戦闘状態を回避するべく申しているのです。

 しかし、何度も申しますが、占領憲法下のわが国には交戦権がありません。中共もこれを知っていて、自衛隊など脅威にも感じず、ただ米軍の出方のみを探りながら事を進めているに違いないと思います。

 これがどれほど沖縄県民にとって恐ろしいことでしょうか。よく「沖縄県は共産主義者の巣窟」などと言われますが、他の都道府県からやってきた左翼活動家がわが国政府への不信感を抱く一部の県民を籠絡して組織(地方紙や沖教組ら)を作り上げたに過ぎず、大多数の県民が中共人民となり、自らの人生そのものが共産党幹部らによって厳しく統制されることを歓迎するとはとても思えません。

 正体の分からない者や、他国の権力によって自国がもてあそばれることほど、私たちのような弱き存在にとって恐ろしいことはないのです。現下の日本がいかに「丸裸の状態」であるか、思い知るにはよい機会だとも言えますが、ともすれば犠牲者が出ることを看過出来ません。

 沖縄県の防衛が私たちの暮らしの防衛であるという意識を持つよう、是非とも皆様も周りの方々と話し合われて下さい。考えることをやめれば、人は人でなくなるのです。

スポンサードリンク

尖閣防衛の最前線は海保

皇紀2671年(平成23年)3月3日

 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011030200920
 ▲時事通信:尖閣に中国軍用機接近=中間線超え領空まで55キロ−空自が緊急発進・防衛省

 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110302/plc11030218050010-n1.htm
 ▲産經新聞:日米合同上陸訓練 離島奪還視野「日本の島守れ」

 中共が沖縄県石垣市尖閣諸島の領有を突如主張し始めたのは、ここで何度も申してきましたが、昭和43年の海底調査以来、45年に連合国(UN=俗称「国連」)が大量の石油埋蔵量の可能性を報告してからのことでした。

 もし仮にも、当時政権与党だった自由民主党がわが国の、私たちの利益を守る政党ならば、その採掘権はとっくに日本企業にあり、資源を自給出来るどころか輸出国になっていたかもしれません。

 しかし、実際には米国に阻まれ、また阻まれるがまま服従してきたために、自国の領海内に眠る資源を掘り起こすことすら出来ず、まんまと中共と台湾との紛争化もありうる対立案件にされてしまいました。「日本は平和主義の国」が聞いて呆れます。

 俗に言われるのは、田中角栄元首相のように、わが国独自の資源外交を試みた政治家がことごとく何らかの疑獄事件を創出され、なぜか見事に政治生命を絶たれるのですが、GHQ占領憲法下の日本では当然とも言え、自民党はこの教条の内で右往左往してきただけなのです。

 現に「隠れ極左政党」と揶揄される民主党に政権交代しても、米軍と自衛隊の合同訓練は変わらず行なわれています。表層では在日米軍基地移転問題で日米間にすきま風が吹いたと報じられても、ことほど左様に占領憲法の威力はとてつもありません。

 ならば「それでいい」と言うのが、従来の右派・保守派なのでしょう。まさか、本当にそれでいいのですか? 尖閣諸島周辺海域の資源を開発することもできず、「精油の困難」を慰めにしてイランのアザデガン油田の採掘権を米国の横槍で中共に持っていかれたこと(彼らは困難でも精製しますよ!)も「それでいい」のですか?

 またぞろ申しますが、現下の物価・給与下落の悪循環(デフレ・スパイラル)から脱却するには、まずは資源を自前で確保することが最重要課題だと申して過言ではありません。これが果たされない限り、雇用や貧困、不況の諸問題が根本的に解決することはないのです。

 日米合同訓練にしても、実際には米軍の指揮下で自衛隊がまるで傭兵のごとく「参加させてもらっている」に過ぎず、例えば尖閣諸島防衛の最前線は、一貫して海上保安庁だということを忘れないで下さい。昨年の中共漁船当て逃げ事件のような目に、海保はこれまで延々と遭ってきたのです。

 ところが、昨年11月5日記事12月24日記事で指摘したように、不法侵入と公共物損壊を見逃した小泉自公連立政権や、領海侵犯と公務執行妨害を無罪放免にした菅民国連立政権のせいで、海保は、保安官が生命を賭して領海警備に当たる任務の意味を考えない政治家らを、もはや脅威にすら感じているのではないでしょうか。

 本当に中共人が大挙して尖閣諸島に不法上陸を試みてきた時、それは本年6月中旬とも噂されていますが、最も困惑のただ中で頭を抱えながらわが国を守るのは、海保です。そのような筆舌に尽くし難い苦悩を彼らに背負わせたのは、残念ながら占領憲法の呪縛に気づかず、政権選択を間違い続けてきた私たちにあります。

 政治家が何を言うのか待つのではなく、私たちが政治家に「どこの国で議員バッヂをつけているのか分かっているのか」と問い質しましょう。尖閣資源を中共に盗まれるくらいなら、対米交渉をしてでも苦肉の策で日米合弁の採掘事業を決断するくらい、なぜわが国の政治家は誰も出来ないのでしょうか。

前原次期政権って本気?

皇紀2671年(平成23年)3月2日

 先週から「もうすぐ出る」と言われてきた前原誠司外相の金銭に関する醜聞ですが、昨日報道されたものどころではありません。

 http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2011030101071
 ▲時事通信:前原外相側団体が記載不備=買ってない会社がパー券−「取り違えた」近く説明へ

 これは「記載の修正で済む」というのが政治資金規正法なのですが、なぜ前原外相の事務所がこれほど珍妙な「間違い」と称する書き換えを行なったのでしょうか。

 それは、今週発売の『週刊文春』に出ると言われている「旧山口組系後藤組のフロント企業から献金を受けていた」とする情報(しかも前原外相のみならず蓮舫行刷担当相や野田佳彦財務相の名前も−産經新聞社該当記事参照)に関係していると思われます。これを何とか誤摩化すために、書き換えをしたのかもしれません。

 http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2142
 ▲現代ビジネス:「次の総理」前原がニンマリする外資系の調査リポート

 情報源の怪しさはともかく、米国の大手賭博予想屋(2月28日記事参照)「モルガン・スタンレー」が、会員向けリポートで『菅首相は退陣。前原政権が誕生する』として、日本株の”買い”を推奨した」と言います。

 現下の北阿・中東の混乱を資金面で操っていると言われている「ゴールドマン・サックス」にせよ、本当にろくなものではありません。人間の生命と安全を、平然と賭博のネタにしているのです。

 仮にも「日本株が上がるから」前原次期政権を歓迎しますか? 別段金銭に関する醜聞のみを指して前原外相の不適格を言うのではなく、奇しくも賭博の予想屋が言及しているように、前原外相は対米従属の権化です。それでも、それがわが国の利益だと絶対に言いきれますか?

 何度でも断わっておきますが、確かに日米2国間関係は良好に保つべきです。しかし、在日米軍があって「在米日軍」のない「日米同盟」などそもそも存在せず、それがわが国自立の兵站を考えた時、まるで国益に反しているのは明らかではありませんか。

 それを言わない従来右派・保守派の詭弁はもう聞き飽きました。これまた何度でも申しますが、俗に「ジャパン・ハンドラーズ」などと呼ばれる米リベラル派に極めて従順な前原外相は、ただこの詭弁を繰り返すだけの小泉純一郎元首相によく似た政治家だ、と私は見ています。これを支持するつもりは全くありません。

 まさか、まだ「前原さんは日本のことを考えている政治家だ」と思っておられる方が多いのでしょうか。あの横路孝弘衆議院議長でさえ、北海道知事時代、それまで「保守系」とされてきた知事の誰1人として会わなかった自衛隊幹部との会談を実現しています。

 勇ましいだけの「口先だけ保守」の政治家が、いかにわが国の自立を阻む諸悪の根源であるか、今一度よく見直してみましょう。

反イルカ漁の偽善と太地町

皇紀2671年(平成23年)3月1日

 http://sankei.jp.msn.com/economy/news/110228/biz11022821240047-n1.htm
 ▲産經新聞:和歌山・太地町のほぼ全世帯に「ザ・コーヴ」のDVD届く

 米映画『ザ・コーヴ』のDVDを和歌山県太地町の約1400世帯に郵送した「海を考えるグループ」は、団体なのか(ありもしない「消費庁」などと書かれていたところを見ると)実は個人なのか不明なものの、一体どこから資金提供を受けているのでしょうか。

 わが国では縄文時代から始まったとされている海豚(イルカ)漁は、主に和歌山県や静岡県、岩手県、北海道などで行なわれてきました。それが調査捕鯨とともに、環境保護団体を名乗るテロリスト集団の目の敵にされ始めたのです。

 和歌山県民としては、非常に困惑しています。これを受け取った太地町民も気持ちが悪いでしょう。よく言われるのは、鯨や海豚がかわいそうならば、同じく貴重な蛋白源として食される牛や豚や鳥、兎などはかわいそうではないのか、という極めて素朴な疑問です。

 特に畜産業の一部では、牛や豚や鳥を工場のような場所に押し込んで、自然環境から隔離し、効率的かつ生産的に管理していることこそ、問題なのではないでしょうか。

 そのような「工業化された畜産業」に抗議し、例えば米大統領役の多いことで知られる(奇しくも映画『ベイブ』で高い評価を受けた)俳優のジェームズ・クロムウェル氏らが逮捕されたりもしていますが、いわゆる「エコテロリスト」は決してこの異様な現状には抗議しません。

 夜昼なく「製造」させるために檻の中へ押し込まれた動物をして「虐待」と指摘せずに、或いは口蹄疫や鳥インフルエンザの発生に伴う刹処分を無思考に受け入れながら、漁のみを指して「動物虐待」とわめき散らす偽善を、偽善と感じない私たちの意識こそ問題なのです。

 中には、刹処分に涙した畜産家たちを嘲笑するような意見も国内に散見しますが、実は涙する畜産家と涙しない畜産業者には厳然たる差があり、私たちが生きるため、食べるために自然の中で動物を飼育している畜産家と、あくまで産業革命以来の資本主義的に生産している畜産業者とでは、およそ別物と申して過言ではありません。

 海豚漁では丁国(デンマーク)にも抗議したと胸を張る「シー・シェパード」らエコテロリストですが、彼らは単に日本独自の資源・食糧確保を妨害し、米国や豪州からの輸入体質を一層加速させるべく仕掛けられた資本主義者たち(昨日記事参照)の手先に過ぎず、本来の動物虐待に抗する意識など全くないのです。

 この事実に気づいて下さい。そして、訴えて下さい。

賭博経済が人の命をも奪う

皇紀2671年(平成23年)2月28日

 http://wpb.shueisha.co.jp/2011/02/25/2809/
 ▲週プレニュース:「国を必ず守らなきゃいけないってなんかヘンだよね……」ホリエモンとひろゆきが、“国防”を語る

 はっきり申しますが、表題とは裏腹にお2人は「国防」を語っていません。堀江貴文氏は私と同じ昭和47年生まれの俗に言われる「団塊ジュニア世代」ですが、この人がやってきたことは、賭博経済の仕組みの中でただ博打に励んでいただけのことです。

 http://endokentaro.shinhoshu.com/2010/08/post1678/
 ▲遠藤健太郎オフィシャルブログ:米の対中強硬化、日本は?(平成22年8月9日記事)

 私はここで、例えば食糧価格の高騰を「需給が逼迫したためではなく、金融資金が食糧市場に流入したために起こっている」とする分析をご紹介し、よって「賭博のような経済」と書きましたが、これを「賭博経済」「博打経済」と言わずして何と呼びますか。

 昨日の「錦の御旗けんむの会」様(佐藤素心会長)主催の「第7回『憲法無効論 公開講座』静岡大会」で、私から「皇室を『天皇制』と呼称して解体してしまえば、外国(金融市場も株式市場も)は『日本が潰れた』と判断して、仮にも円が暴落して私たちの暮らしは一変するだろう」と、いかにして「『国』というものが分かっていない」人たちに分かり易い説得の糸口を見出すかについて、その一例をお話しをさせていただきました。

 しかし、この話にはさらなる議論を要する落とし穴があるのです。それは「自立再生論」で私のあとに基調講演される南出喜久治辯護士が必ず話されるだろうと思い、何もつけ加えませんでした。確かに南出辯護士が話されたその「落とし穴」については、是非とも「けんむの会」様配信のユーチューブ動画(近日公開)をご覧願いたいと思います。

 平たく申せば、前述の通りです。資本主義というのは、つまるところ「賭博経済」「博打経済」の思想にほかなりません。これによって戦争が起こることもあり、人間の生命が奪われ、そして地球の自然が破壊されるのです。

 これに執心し、今なお信じて疑わない堀江氏だからこそ、実は「賭博経済上では『強い円』、すなわち『安定している日本』」に守られてきたことすら気づかないのでしょう。おかしな話です。「国に頼っていない人」なる者が「ほかの国に暮らせばいい」とは、見事な論理矛盾を露呈しています。

 また、企業買収で「組織はだいたい残す」とたかをくくっていられるところが、いかにも占領憲法を憲法として無効にすることに気づきもしなかった人らしく、「社則が変わっても従順であれ」という講和条約として有効な占領憲法による対米従属と思考体系的には全く同じです。

 「民衆の生活はあまり変わらない」とはまた大嘘で、実際に米軍による占領統治で日本民族の生活が変わってしまったことを何と考えているのでしょうか。或いは、変わったことを認識していないか、それはそれで「いいように変わったから問題なくないですか? 何が問題なんですか?」なんぞと言うのでしょう。堀江氏は、これと同じことを旧東突厥(東トルキスタン)や旧西藏(チベット)の人たちにも言えるのでしょうか。

 博打打ちが夜露をしのぐ自分たちの家を守る気もなく、そのようなものは「なくてもいい」と尤もらしく語り、本当のところは家を守ることから逃げているだけの虚無的態度に、何らの将来展望を見出すことは出来ません。

 http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-19226020110127
 ▲ロイター:アンチ資本主義者、中国よりフランスの方が多い=調査

 資本主義、すなわち賭博経済によって自分たちの暮らしが脅かされることにうんざりし始めるうねりのようなものは、必ず時代の流れとしてさらに起きます。

 わが国が「國體」という「国家の本能」を見つめる時、決して個人主権的(或いはいかにも仏国人的な)発想ではなく、人間の生命を守る視点から「賭博経済はもうやめよう」と全世界に啓蒙しようではありませんか。

 それが世界平和を掲げる日本の政治に求められる国家展望であり、政治家はそれを示してこそなのです。