アサド政権を潰しにかかる

皇紀2672年(平成24年)12月30日

 http://sankei.jp.msn.com/world/news/121225/mds121225……
 ▲産経新聞:シリア軍がガス爆弾使用か 6人死亡、化学兵器か不明

 叙国のバッシャール・アル=アサド大統領に対する国民的批判が欧米各国の思惑以下だったことから、私が本年始めに予想したよりはるかに体制崩壊は遅れました。

 今回政府軍によって化学兵器が用いられたという情報も決して信用できません。被害者とされる人物が塩素系兵器だったようなことを証言していますが、一部では彼らがサリンを使用してでも反政府派を一掃する予定だとの報道もあります。

 もしそうなれば国際世論は一気にアサド政権打倒の正当性をこれまで以上に主張しやすくなるでしょう。そのために反政府派が作り上げていく可能性も否定できません。これまで政府軍に武器弾薬を提供してきた露国政府は、自国の利益を守るために政権側につき続けると思います。

 一方、わが国と関係の深い土国にとっても足元の大問題であり、わが国政府(前民主党政権)がこの問題で何ら役に立たないことに苛立ちを隠していません。

 概して中東問題に対する私たちの無知・無関心は私自身も例外ではなく、占領憲法(日本国憲法)の有効という異常状態を継続してきたことによる無思考がこれに言い訳を与えています。

 立場をはっきりさせれば欧米や土国、露国や中共のどちらかとの対立を招くかもしれません。しかし、それはわが国にとってすべて否定的な現象ではなく、計算もせず現実から目を背ける行為は「外交の死」を意味しています。

 叙国は北朝鮮との関係も根深く、私たちが日本国民拉致事件の解決を訴えてきたことに絡めて何らかの対応を主張できるはずです。これを「ずるい外交だ」と批判する論壇が左のほうに存在するでしょうが、国民益に適う外交すらしてこなかったわが国政府のこれまでの歩みこそ批判の対象ではありませんか。

 最も重要なことは、政府と反政府の対立激化で叙国民が死んでいくのを一刻も早く止めることです。そのために結論を急ぐならば、わが国はどちらを主張すべきか、そこで国民益を考えろ、そうしてもよいのだ、と私は申しています。つまり、反政府軍に回教原理主義の過激派がいる以上、アサド政権との対話を試みるべきではないでしょうか。

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中共と契約した失敗

皇紀2672年(平成24年)12月29日

 http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=67827
 ▲レコードチャイナ:イラン政府、中国企業に「やる気がみられない」とガス田開発契約を打ち切りか―中国メディア

 義国の報道が二十四日、義国石油省は天然瓦斯田採掘に関する「ペトロチャイナ」との契約を打ち切る方針だと報じました。

 この経緯については、別の油田に関してかつても申しましたように、日本政府が義国政府と契約締結に向けた交渉を進めていた矢先、米国政府の圧力が加わったことですべて頓挫し、権益を中共に持って行かれたのです。

 また、そのことを毎日新聞社が社説で「もともと義国で採掘される原油は精製に手間がかかり、米国政府に助けられたと考えるべきだ」といった内容で伝えたことを、私は徹底的に批判しています。

 中共には技術がなくてもわが国にはあり、自立した資源外交によって得られるものをいわゆる「占領統治(占領憲法=日本国憲法)根性」で始めから蓋をして諦めようという姿勢こそ、ともすれば国民を餓死させる主張に他なりません。

 米国が嫌がっているならば仕方がない、ということではないはずです。太平洋防衛を共有すべき日米関係にあっても、利権が対立する場面では堂々と戦えばよく、米国政府は他の同盟国・友好国とはそうしています。

 しかし、占領憲法下のわが国は、そう、わが国こそが米国政府の見解を先回りして自発的に諦め、逃げてきたのです。米国政府は圧力をかけたつもりなどなかったでしょう。「ちょっと言ってみたら日本が勝手に従った」というのが真実です。

 対義外交はそれこそ米国政府の思惑があり、彼らの中に日本政府との関係を密にさせたくない方針が厳然と存在しているのでしょうが、何度でも申します。国際社会による対義非難には根拠がありません。義国政府の進めてきた核開発はわが国と同じ原子力発電であり、核兵器開発の証拠など実は何一つないのです。

 義国政府は今になって中共人民の出鱈目な仕事ぶりを目の当たりにしたのでしょうが、もう一度わが国との交渉再開に言及すべきであり、私たちは占領統治根性から脱却してしたたかな外交で生き抜く覚悟を決めましょう。

 もしまた米国政府から苦言が呈されれば、先日申した国際的価値観にくるんで「義国の核兵器開発の証拠を掴んでから言いましょう」「欧米各国も中東の資源を狙っていますよね」「中共との契約を見逃しておいて同じ東洋の日本を叩く差別行為が許されるのでしょうか」と返せばよろしい。

ノロウィルス入りキムチ

皇紀2672年(平成24年)12月28日

 西村眞悟衆議院議員が衆議院「海賊行為への対処並びに国際テロリズムの防止及び我が国の協力支援活動等に関する」(通称=海賊・テロ対策)特別委員会の委員長に就任されました。

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 http://npn.co.jp/article/detail/16589588/
 ▲リアルライブ(週刊実話):国内で変異株出現・韓国ではキムチ751トン回収 年末年始が怖いノロウィルス・パンデミック

 すでにご存知の方もおられると思いますが、わが国では目下ノロウィルス感染の報告が各医療機関から相次いでいます。これは非細菌性の急性胃腸炎を引き起こす病原体であり、極めて感染力が強く、一般的には外部接触による経口感染を徹底的に遮断するしか予防方法がありません。

 帰宅直後のうがいや手洗いも重要ですが、感染しますと対症療法しかありませんので、皆様に於かれましてもくれぐれもお気をつけください。

 この感染源についての報道はまったくなされていませんが、一つの可能性が厚生労働省によって確認されています。しかし、もう一度申しますが警戒を促す正しい報道がまるでありません。

 http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/other/2012/dl/121206-01.pdf
 ▲厚生労働省:通達 韓国産食品の取扱いについて

 厚労省通達には、週刊実話が報じた「西安東農協・豊山キムチ工場」の名が明記されています。記者が「わが国に輸入され続けている」という疑念を抱いた韓国産朝鮮漬は、今月六日より回収(積み戻し)の指導が始まったようです。

 ところが、私たち消費者に情報が届いていない現状は一体どういうことでしょうか。政府と報道各社は、インターネットを利用して厚労省通達を確認できる国民が一体何人いると把握しているのでしょう。これに報道の価値はないと思っているなら、文字通りの「人でなし」です。

 さらに申せば、そもそも厚労省の腰が重いのも気がかりであり、前述の通り感染経路を遮断するしかないのに対し、輸入禁止を宣言した上で国内の感染実態を調査しようともしていないことは、まさに政府に対する国民の不信を買うでしょう。まだよく分からないというのが実態のようですから、それならそれで構いません。

 以前にも申しましたが、現下の「反原発」論調の根底に流れているのは原子力発電そのものではなく政府に対する不信です。信じることのできない政府が安全を宣言する発電所など受け入れられないという国民的感覚こそが「反原発」の正体に他なりません。

 食品安全の分野でこれを犯す政府に未来はないのです。だからこそ民主党政権は完膚なきまでに否定されたのですが、就任したばかりの田村憲久厚労相にお知らせしましょう。

逆説的「弱い日本を作る」

皇紀2672年(平成24年)12月27日

 http://geopoli.exblog.jp/19713391/
 ▲地政学を英国で学んだ:グローバルvsローカル 価値観の対立

 国際地政学研究所の奥山真司上席研究員が主宰されているブログに面白い記述がございました。彼は私と同い歳ですが、わが国が海洋国家であることを鑑みれば英国で地政学を学ばれたのは正しい選択でいらしたと思います。

 奥山氏は、わが国が抱える主として対外的問題を局地的価値観で引きこもるよりも、国際的価値観にくるんで表に出してしまえ、と指摘しているのです。

 確かに大日本帝國憲法はわが国の国柄を国際的価値観たる「憲法」に起草したものであり、もっと分かりやすく申しますと、例えば雅楽の素晴らしさを西洋楽器の楽団編成に加えて一つの楽曲にし、欧米の演奏会に出すというようなことでしょう。

 私は子供の頃からヴァイオリンを習っておりましたが、室内管弦楽として童謡などを編曲し演奏したことがありました。これだと欧米人の耳にも届きやすいに違いありません。

 ところが奥山氏の表現によれば、私たちはこれを「なぜか『うちらの特殊事情です』と言ってがんばってしまう傾向が強い」というわけです。局地的価値観はまさしく局地的なものですから、そのままではどんどん孤立していく、と。

 この価値観は奥山氏も断っておられるように尊いものですが、もう一つ例を挙げて分かりやすく申せば、私たちが対人関係に於いて用いる「まぁ、それはナンですから」といった表現は、私たちの間で尊重される道徳観に基づくものであり、当然なのですが海外ではまったく通じません。これは私も外国人との交流経験から何度か指摘してきたことです。

 北朝鮮による日本国民拉致事件、或いは沖縄県石垣市尖閣諸島や島根県隠岐郡隠岐の島町竹島、または北海道千島列島ならびに南樺太などの諸問題は、ただひたすら「日本国民の拉致」「日本固有の領土」という主張だけで国際的理解がわが国に得られるなど決してありえません。これまた何度もそう申してまいりました。

 これらの問題を欧米友好関係国が理解しやすい国際的価値観にくるんで表に出すことで、一気に各国の論調が変わってきます。そのような発信力をわが国が持たない限り、決して解決しないのです。

 わが国は大いにその力を期待されてもいますが、同時に世界最大の債権国家は破壊と略奪の好機を狙われてもいます。奥山氏の指摘通り、喧嘩の一手法として弱いふりをしてでも国際的価値観を振りかざさなければ、真っ直ぐ通れる道も通れないのが現実です。

 出来ない原因の一つは、占領憲法(日本国憲法)の現行有効状態にあります。これこそ局地的にももはや通用しなくなった局地的価値観であり、海外では通じません。まずこのことに気づいてください。大日本帝國憲法を復原すれば、私たちは再び先人が苦心しながら近代国家を作り上げた頃の国際的価値観の感覚を取り戻すでしょう。新しい政権が「日本を取り戻す」と言うなら、これは必ず成すべきことなのです。

 ※ 本文中の主張は奥山氏の記述に材を得た私の見解であり、奥山氏の思想やそれに類するものを示唆するものではございません。

『はだしのゲン』…逝く

皇紀2672年(平成24年)12月26日

 http://sankei.jp.msn.com/entertainments/news/121225/……
 ▲産経新聞:漫画「はだしのゲン」の作者、中沢啓治さん死去 広島で被曝

 漫画『はだしのゲン』で世界的に知られる漫画家の中沢啓治氏が十九日、広島市内の病院で亡くなられていたことが分かりました。衷心よりお悔やみを申し上げます。

 いわゆる「保守派」の間では非常に嫌われてきた方ですが、私は或る時から氏のことも氏の作品に対しても彼らとまったく違う見方をしてきました。以前に少し取り上げています。それでもいつかきちんと書こうと思っていましたが、とうとう中沢氏のほうが先に亡くなられてしまい、何だか勝手ながら申し訳のない気分です。

 皆様等しくおっしゃるとおり、私と『はだしのゲン』の出会いは小学校の図書室でした。一通りの偉人伝を読み終えた私は、漫画の希少性も助けて全校児童とこれを読み争い、とうとう夏季休暇中登校日の「平和学習の日」にアニメーション映画化された作品を体育館で観たのです。これらを仕掛けたのは恐らく日教組(現在和歌山県内では日本共産党系の全教のほうが多い)だったでしょう。

 多くの女子児童は悲鳴を挙げ、中には気分を悪くして保健室に運ばれる同級生もおり、私も漫画と映画の相乗効果で原子爆弾に対する恐怖を夢に見るまでのものにし、当時はまだ米ソ冷戦下でしたから「核戦争で人類は滅ぶかもしれない」と本気で思いました。街で硝子張りの建物を見ただけで核爆発時の惨状を想像し、怖くなったものです。

 しかし、中沢氏の被爆体験は私たちのこの恐怖以上のものだったのであり、過剰描写などの指摘はあるものの子供の頃の印象的体験として描かれた『はだしのゲン』が優れた漫画作品であることに違いはありません。敢えて申しますと、所詮は漫画であり映画なのです。

 『はだしのゲン』にとって最大の問題は、国家転覆を目的とした革命のための道具を探し回ってきた極左の破壊活動団体がこの作品を舐め倒し、思いっきり悪用したことに他なりません。そして、中沢氏も幼少の頃の無知につけ込まれて利用されたと思います。祭祀を司られる皇室を「天皇制」と異称し、これに大東亜戦争すべての責任を被せるという持論も、私には後付けだったように思えてならないのです。

 所詮は……されど漫画であり映画であり、世界各国の政府がそうしたようにこれら表現は戦意高揚の道具に利用されました。わが国にもあったこの過去を批判しながら破壊活動家たちは、『はだしのゲン』を「反皇室・反国家」の国民的意思高揚を目標に掲げて悪用し続けたのです。

 私には、作品に登場するゲンの父親が、大地に麦を育て、子が強く育つよう祈りながら、拷問されても国家崩壊を阻むべく戦争に反対した愛国者に見えます。そして「敗れた」とされたわが国の民として反骨精神を露わにした作風は、ゲンの成長とともに極めて非主流の躍動的なものへと変わっていきました。そこが極左につけ込まれやすかったのでしょう。

 私たちの多くは中沢氏を笑えるでしょうか。批判できるでしょうか。己の無知につけ込まれてまんまと利敵の主張を展開していることはないでしょうか。この顛末に右も左もありません。かえすがえすも私は中沢氏のご冥福をお祈りせずにはいられないのです。本当にお疲れ様でした、ありがとうございました、と。