中国助けたのはいつも日本

皇紀2679年(令和元年)6月7日

 お酒と女性に弱い丸山穂高衆議院議員に対する国会の態度は、まさに「戦争」という言葉だけを刈り取る全体主義であり、敢えて申しますが大東亜戦争前夜といった様相を呈しています。何が「戦争反対」かという話です。特に野党各党の議員たちが莫迦ばかりで、自分たちのやっている恐ろしいことが全く見えていません。

 だからこそ丸山代議士は、日本維新の会が抱えてきた同和利権を暴露すればよいのです。実は安倍晋三首相と昭恵夫人の疑惑などと「後付け」された学校法人森友学園の国有地売却に、当時の松井一郎大阪府知事こそが絡んでいた(同和の土地だった)ことを世間に公表しなさい。

 まもなくカジノ利権に絡む松井大阪市長の不正な接待疑惑が報道に出るそうですから、隠れていないで全てぶちまけてしまいなさい。たとえ次の衆議院議員選挙で落選しても、これで一矢報いるではありませんか。

没収逃れた写真2千枚あった 天安門事件の「真相」映す

 1989年6月に北京で起きた天安門事件から4日で30年が過ぎた。当時、約50日続いた民主化運動の様子を連日撮影していた学生がいた。その数、約2千枚。30年後の今年、初めてその写真を公開した。当局の没…

(조일신문(朝日新闻)日本語版)

 さて、五日記事のコメント欄に、まさに「こういう人こそが中共による人口侵略の典型」とでも申すべき「日本の経済学者」と紹介される柯隆氏の「このご時世に気前よく『技術』を提供してくれるのは日本だけ」という主旨の発言について述べられましたが、四日で三十年を迎えた六四天安門事件にしろ、国際社会から非難された中共をなぜかわが国が守ってきたのです。

 中曾根康弘元首相が彼の権力を守ろうとして失敗した胡耀邦元共産党中央委員会総書記の死去が引き金になった民主化運動を、当時の中共は共産党軍の戦車で踏みつぶしました。

 これは、いみじくも四日記事で取り上げた極左暴力集団(現在ほとんどの労働組合の背後にいる中核派革マル派ら)による暴力と殺人を、市民の安全を守る警察が鎮圧しようとしたのとは、全く性質が異なります。暴力と大量殺戮の手に出たのは、やはり極左のほう、つまり中共では唯一無二の共産党のほうだったのです。

 胡耀邦の失脚は、ただただ靖國神社の参拝問題という従前ありもしなかった新しい(根も葉もない)歴史問題とやらを産み落とし、わが国側が中朝の結託から韓国にまで脅される種になりました。その結果、世界各国が六四事件の恐るべき人権蹂躙を許していないにもかかわらず、わが国政府が天皇陛下の訪中を約束させられ、次第に中共の外交再デビューを後押しする形になっていくのです。

 外国企業が中共へ進出する際、その技術がつぎつぎと中共に盗み取られていく(提供させられる)のを当然「不当」と思う世界の潮流の中、わが国企業は「それでも大きな商機だ」などと煽られるがまま中共の経済発展を助け、人民の不均衡な経済活動を見て見ぬふりし、出鱈目な経済論を語って居直ってきました。

 その結果、自分で自分の首を絞めたのです。場当たり的な友好論まで語って技術は盗まれるわ、撤退したくてもできなくなるわ、ついに韓国で現地法人の資産を丸ごと盗まれるに至り、前出の「歴史問題」がインチキ極まりないものだったと今さら気づいて慌てています。中共にもいつ同様の暴力をふるわれるか分かりません。

 だからこそ安倍内閣が「日中関係を改善した」と両国揃って喧伝し始めた今こそ危ないのです。わが国が中共を「批判しにくい」状況を創出し、中共はまたも日本を従えて、日本を利用して世界の怒りを鎮めようとします。これがのちに必ず後悔させられることになるのです。

 共産党の独裁体制を、そうまでして助ける日本は莫迦ではありませんか。もういい加減に学べよ、と。簡単に騙されてきた日本国民は、何度でも中共の嘘に騙されるのであり、彼らはそんな日本を、少子化且つ高齢化してボロボロになっていく日本を、わざわざ武力で侵略する必要などないと思っているでしょう。

 だから日本に中共人民を大量投入してゆるやかに乗っ取る気でいるのです。そのほうが世界は気づきません。気づかれないものは非難もされないです。しかし、日本人だけは気づきましょうよ!

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人生100年という絶望感

皇紀2679年(令和元年)6月6日

 以前申した通りカルロス・ゴーン被告は既に、多国籍金融にも見放されています。仏国の調査でも不透明な支出があったと公表され、彼の有罪はわが国の裁判に於いてもほぼ確定です。だからこそ日本五輪大会委員会の竹田恆和前委員長は退任しただけで助かったのです。

 そもそも社員を大量リストラし、看板工場を閉鎖しただけの経営者が「カリスマ」なわけなどないのです。

安倍首相「70歳就業へ法改正」:時事ドットコム

安倍晋三首相は30日、急速な高齢化の進展を踏まえ「70歳までの就業機会の確保については、労使など関係者の声を十分に伺った上で、元気で意欲のある高齢者の活躍につながる法改正を目指す」と述べた。首相官邸で開かれた、1億総活躍と働き方改革に関する会合で発…

(時事ドットコム)

「年金で暮らせない。まず謝れよ」立憲・辻元清美氏

■辻元清美・立憲民主党国会対策委員長(発言録)(金融庁が5月22日、老後資金について年金だけでは足りず、さらに1300万~2千万円が必要になるなど国民に自助を求める内容の指針を示したことに)びっくりし…

(조일신문(朝日新闻)日本語版)

 さて本日は、三日記事の関連になります。現行の年金制度をそのままにするのであれば、当然「年金だけでは足りません。老後に備えて各自蓄えておいてください」といわねばならなかったところを、今の今まで誰も怖くていえなかったのです。

 ナントカ民主党の辻元清美国会対策委員長は、こんな凡庸な政権批判をしている暇があるなら、或いは本当に「正直な政治」をいうのであれば「すべて国民に死ぬ権利を保障しましょう」といわねばなりません。しかし、いえないでしょう? 怖くて決していえません。

 川崎市で起こされた無差別殺傷事件と元農林水産事務次官が息子を刺殺した事件に共通しているのは、扶養していた親が高齢化し、失われた三十年の影響を受け続けた無職の子供までもが高齢化した途端、その子供は「いつまでこの生活を続けられるだろうか」「いくら長寿化したといっても親は先に死ぬ。なのに自分も長寿化でなかなか死なない」となれば、最悪且つ極端な事例として、他者を巻き込んで(自身の境遇を恨んで)自殺するしかなくなるのです。

 私自身がかねてより長寿を華とは思わない(命の継承により世代が変わっていくことに意味があると思う)性質だからか、医療というより医術の無尽蔵な発達によって私たち日本人の平均寿命が軽く百年に到達しそうであることは、政治的にも家族や個人の幸福度評価に於いても実は「まずいことになった」としか思いません。

 若者の体の不調を解消する医術の発達を、或る程度の年齢を超えた人間にまでえんえんとひけらかし続けた結果、腰が曲がり目は見えづらく、耳も遠いのになかなか死ねない人間を増やしました。いや、ここまでお読みになって「何てことをいうんだ」と思われた方は、何も間違っていません。例えば親の長寿を願うのが子の幸せであり、現行憲法(占領憲法)下で旧大蔵省による前代未聞の売国行政さえ行われていなければ、前出の二つの事件は、いわば(特に川崎の件について禁じえない怒りを抑えて申しますと)「よくある異常な人格が生んだ悲劇」で済みました。

 ところが、このような事件も、高齢者が若者を乗用車でひき殺してしまう事故も、これからますます増えるのです。間違いなく増えます。就職氷河期を過ごし、リストラされ、私たち日本人が絶対的としてきた価値観から外れざるをえなかった人たちの高齢化は、生き地獄でしかないのです。

 祭祀によって生命の継承に感謝し、市場原理主義的資本主義に溺れてさえいなければ乗り越えられたはずの苦境さえ、ことのほか占領統治期以降、全く耐えられない民族に堕ちました。極端な事件がもう極端ではないのです。

 現在の政府には、その生き地獄が見えていません。ましてナントカ民主党の連中になど見えているはずがないのです。この「寝とぼけた」辻元発言からも、そのことがよく分かります。こんな連中に「国民の暮らし」は絶対に語れません。断言します。

 私たちはいよいよ、百年という長寿に絶望しているのです。いただいた命に感謝の念がなくなった日本人に、明るい未来などあろうはずがありません。旧大蔵省の所業に加え、自分たちでも整理がつかなくなった厚生労働省所管の各種社会保障制度は、間違いなく出鱈目です。

 特に年金制度については、納付された全額を一旦国民に返却して新制度を発足させるぐらいのことを覚悟しなければなりません。そんなことも怖くてできなかった長妻昭元厚労省が居座るナントカ民主党になんぞ「まっとうな政治」はできないのです。

韓国にすり寄る大臣の背後

皇紀2679年(令和元年)6月5日

韓国国防相と笑って握手している場合か…岩屋防衛相、韓国レーダー照射を勝手に“棚上げ”で大炎上! 識者「現場の士気は完全に下がっている」

 岩屋毅防衛相への猛烈な批判が吹き荒れている。韓国海軍駆逐艦による許しがたい海上自衛隊哨戒機へのレーダー照射事件の決着も付けずに、韓国の鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相と非公式会談を行ったうえ、「未来志向の日韓関係が大事だ」などと、事実上、事件を棚上げするような妄言まで披露…

(zakzak 夕刊フジ(産經新聞社))

 産經新聞社の主張は理解できます。記事に「識者」として登場した潮匡人氏の怒りも分かります。しかし、「日米韓の安全保障連携は強固なものである」という歴史的前提に立てば、日韓防衛相会談が未だ非公式にしか行われないというのは、明らかに異常事態なのです。

 このような非公式会談が「世界の嘲笑の的」になどなりえません。むしろ世界各国は「日韓は防衛当局者間でも非公式にしか会わなかった」という点を重視します。

 それでも多くの国民が憤りを隠せないとすれば、非公式にでも会談を開催したことと、岩屋毅防衛相(大分三区)が笑顔で対応したことでしょう。特に後者は、岩屋防衛相の性質に起因するところが大きく、この態度ははなはだ疑問を呈されてしかるべきです。

 では、なぜ日韓は防衛レヴェルで顔を合わせることにしたのかという点ですが、それは日米による文政権への圧力を目に見える形にする必要があったからにほかなりません。

 五月二十二日記事でも申しましたが岩屋防衛相は、この時も「日韓関係を元に戻したい」と発言して一部の国民から厳しい批判を浴びました。ところが、この発言こそ日米間で既に確認している「文政権を排除(なかったことに)する」という両政府の意思を反映したものでした。こう解説した主旨は、本日も変わりません。

 従前繰り返されてきた韓国政府の対日ヘイトスピーチ(日本人差別扇動)にあって日韓関係がその都度「最悪」に陥り続けてなお、防衛レヴェルでのみ連携を続けてきたことは、現場の自衛官が最もよく知っています。潮氏には申し訳ありませんが、確かに退官者(OB)の中には「現場の士気が下がる」と指摘した者がいたのかもしれないのでしょうけれど、自衛隊というのは、この程度で下がるような士気しか備えていないわけがありません。

 それでも、私たち国民が「あの危険極まりない火器管制レーダー(射撃管制用レーダー)照射が繰り返されれば、自衛官の安全を保障できないではないか」と心配し、へらへらと笑って見せた岩屋防衛相を非難することには確かな意味があります。

 その上で申したいのは、今月末の二十か国・地域首脳会議(G20)でさえ日韓のみ個別の首脳会談が開催されない様相を呈する中、防衛相会談が非公式に行われたのは、いわば「日米韓の防衛連携を無視するな」という文在寅(北朝鮮工作員)政権に対する圧力であり、文大統領に対する最後通牒のようなものです。

 結果、韓国教育部が策謀していた島根県隠岐郡隠岐の島町竹島への侵入急遽中止になりました。日韓関係を致命的に対立させたい北朝鮮工作員とそのシンパたちは、これを「屈辱外交」などと批判していますが、現状に慌てた外交部から教育部に通達があり、確実にわが国政府の文政権への圧力が効いています。

 緊張感のない態度を見せてしまった岩屋防衛相の背後で、実は安倍政権がトランプ政権と打ち合わせた通りの対文政権制裁が実行に移されており、これが中共の共産党幹部であれば真意をつぶさに理解するでしょうが、問題は韓国国防部が岩屋防衛相の笑顔に騙されて日米の思惑を理解できない可能性です。いや、日米はその可能性も計算(かつて対北朝鮮外交で笑わないことを意識した安倍晋三首相はあえて、岩屋防衛相に「笑顔で握手するな」といった指示を出さなかった)に入れたからこそ会談に踏み切ったのでしょう。

 騙されて下手を打ってくれたほうが文政権を排除しやすくなる、と。韓国政府よ、震えて眠れ。

中核派の獄死は国のせい?

皇紀2679年(令和元年)6月4日

 昭和四十六年十一月十四日に発生した渋谷暴動事件(東京都渋谷区神山町付近)で、警備に当たっていた関東管区機動隊新潟中央小隊(新潟中央警察署)の機動隊員(二十一歳)を焼死させた中核派の一人、星野文昭元受刑者(無期懲役)が五月三十日に収容先の東日本成人矯正医療センターで死亡しましたが、遺族や極左暴力集団の連中が国家賠償請求訴訟を起こすといいます。

 適切な処置を怠ったせいで死んだというのですが、この二十一歳の巡査は、星野元受刑者らに鉄パイプで集団殴打され、意識不明にされたところをさらにガソリンまでかけられ、火炎瓶を投げつけられて焼き殺されたのです。顔を識別することも不可能なほど真っ黒にされた巡査のご遺体を、新潟から駆けつけられたご家族がどのような想いでご覧になったか、それを「ついにやった!」などと機関紙で喧伝した中核派の連中は、(安倍晋三首相を指して「おまえは人間ではない」といい放った法政大学の莫迦教授がいましたが)彼らこそもはや人間ではありません。

 今月一日記事で取り上げたコンビニ関連ユニオン発足の件でも申しましたが、これが彼らの正体なのです。暴動を主導しておいて逃亡した大坂正明被告は、平成二十九年五月に潜伏先の広島市安佐南区の中核派アジトへ乗り込んだ大阪府警察に逮捕されましたが、弁護側はやはり「百%無実」などとありえない主張をしています。

 当時大学生だった彼らの無知な暴走が、今日に至るまでの「若者から政治を遠ざけよう」という流れに至り、国民的無気力・無思考を加速させました。その結果として現在、経済も財政も社会福祉もほとんど全てが出鱈目な行政と立法の所業に、もう誰も声を上げません(昨日記事参照)。本当に抵抗すべき時に一切反応しない「役立たず」と化したのです。

 暴力に始まって暴力に終わる「革命」でよくなった国など、実は一つもありません。仏国も、露国も、或いはチュニジアでもエジプトでも、待ち受けていたのは混乱と貧困の繰り返しであり、極左暴力革命では何も解決しないのです。

 それはなぜでしょうか。基軸となる精神がないからです。現世個人の集合体が持つ最大公約数的不満からくる目先の政策や体制そのものに対する抵抗だけでは、世の中がよくなったりは決してしません。

 すなわち「感謝」からくる体制への厳しい指摘がなければ、よしんば体制を変えることができたとしてもその先がないのです。感謝とは、命の継承や自然に対するものであり、つまりは祭祀に照らし合わせて全く合わない政策を打ってくる体制に抵抗し、真の日本を取り戻すのです。

 人を道具に変え、民族性を無視した政策を打ち続けてきた現行憲法(占領憲法)政府を、私たち国民の力で一から作り変えるというぐらいの勢いで臨まなければ、私たちは極左暴力集団による酷い暴力を受けずとも滅んでいくことになります。

「領海内で漁 何が悪い」 知事の尖閣発言、漁業者反発 

 尖閣諸島で領海侵入を繰り返す中国公船に関し、玉城デニー知事が「中国公船がパトロールしているので、故意に刺激するようなことは控えなければならない」と述べたことに、1日、八重山の漁業者らから「領海内で漁をすることの何が悪いのか」と反発の声が…

(八重山日報 official website)

 沖縄県の玉城デニー(玉城康裕)知事も、そんな体制を代表する一人であり、漁業で生計を立てる県民の暮らしを無視して中共の共産党人民解放軍に遠慮するとは、とてもわが国の地方自治体首長のあるべき姿とは申せません。

 昨日記事でも申しましたが、こうした民の声をなぜどの政治家も代弁してくれないのですか? 中共が絡めば少しは保守系の政治家が何か発言しますが、わが国の病巣がどこにあるのかさえ全く発見できない「藪医者」ばかりなのです。

 この非常事態に玉城知事なんぞを選んでいても構わないような国民的余裕はありません。思想ごっこで遊んでいられるほど、もうわが国の国民は(莫大な政府資産を抱えているのに)豊かではないのです。

国民経済の絶望と殺人事件

皇紀2679年(令和元年)6月3日

 元農林水産事務次官の熊澤英昭容疑者(東京都練馬区早宮)が無職の息子を自宅で刺殺したことは、霞が関官僚たちを少なからず動揺させたようです。昨日も半日がかりで某省庁職員と政策研究をしていたのですが、後半はほぼ神奈川県川崎市で起こされた無差別殺傷事件とこの事件の関連話になり、わが国に潜むあらゆる問題を引っ張り出して解決策を論じあいました。

 その議論は、文字通り数時間にも及ぶ分量のもので、とてもここで一気に申し上げられません。それほど現下のわが国に横たわる問題が大きすぎるのです。こう申しては恐縮ですが、私自身昨日の議論で疲れ切ってしまったほど皆さんが思っておられる以上に酷いことがはっきりしたのです。

 一つだけ申しますと、特に政府が平成五年から十六年と明示したいわゆる「就職氷河期」世代を中心に味わった、当時わが国に起きたとてつもない不景気(内需委縮)をめぐり、その時打った手打たなかった手が共にもたらした現在の惨状とこれらの事件との浅からぬ因果関係について、ということになります。

 川崎市で小学六年生の女児と外務省職員を殺害した五十一歳の岩崎隆一容疑者も、まるで彼のようになることを未然に防がられるがごとく親に殺された四十四歳の熊澤英一郎さんも、まさにこの期間に青年期から壮年期を迎えた世代であり、かくいう私も俗に「団塊ジュニア世代」ですから、思いっきりここに当てはまるわけで、当時の絶望感を忘れもしません。

 そうは申しても、私は幸運でした。略歴通り卒業と同時に大学へ、退職後もすぐに進学塾の会社に採用されましたから、ともすれば「よくいうよ」といわれるかもしれませんが、地獄のような受験戦争を経て、きちんと大学を出てしっかり就職をすることがよい人生という絶対的価値観のもとでえんえんと育ち、必死の思いで飛び込んだ大学を卒業するころには就職がなかったのですから、私とて大学学科長からお声をかけていただくまでは「ああ日本は、俺たちはとんでもないことになった」と思いました。

 現行憲法(占領憲法)を放置した政治がプラザ合意に及び、総量規制で内需をほぼ抹殺した結果、当然私たちの暮らしが急に破綻したのです。消費税の導入とのちの税率引き上げも含め、これら全ては大蔵省(現財務省)の仕掛けた「日本経済破壊工作(前代未聞の売国行政)」だったと申して過言ではありません。

 さて、そこでこの二つの事件は、共にわが国の絶対的価値観から外れた人びとに関係し、外れざるをえなかった世代に対して既得権を有していたその親の世代が打った手(自宅に囲い込む)と打たなかった手(価値観からの解放をしなかったこと)が相乗効果をもたらして最悪且つ極端な結果を生みました。ですから、報道されているような「行政に相談しやすいように」だの何だのという対策は、息子を恥として自宅に囲い続けた熊澤容疑者の例を見てもほぼ不可能なのです。

 そして、こうはならずとも世にいう「8050問題産經新聞社記事参照)」は、失われた平成の三十年間といういわば悪魔が産み落としたわが国の「家族の崩壊」そのものであり、国家経済の崩落によってわが民族の将来が致命的な先細りを始めました。それでも財務省は(財務省のものでは決してない)莫大な政府資産を抱えて国民に一切還元せず、厚生労働省も出鱈目な年金制度を変えようとしません。それは、現既得権の世代が怖がって手放さないからです。そのことがかえって自分たちの首を絞めるというのに。

 私は、日本という国を愛してやみません。さだめし多くの日本人は、もうこれ以上わが国の悪口雑言を聞きたくも自ら並べたくもないでしょう。しかし、本当に日本を愛する者にしか、わが国の問題をつまびらかにして解決することはできないのです。はなから売国的な政治家や官僚、活動家はもちろんのこと、既得権の世代にいる保守派の論客たちでもこの問題を取り上げて体制と戦うことなどできません。

 これまで述べてきた各論の経済論と併せ、今一度整理して政策提言します。失われた三十年の怨念を、この世代の血の出る心の叫びを、どの政治家も全く代弁してくれないのであれば、私は声を上げます。本日はここで失礼させてください。