仙石さんって官房長官?

皇紀2670年(平成22年)9月7日

 民主党の小沢一郎前幹事長は3日午前、テレビ朝日の番組で沖縄県に駐留する米海兵隊は不要であるとの認識を披露しました。

 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100903/

 plc1009031048004-n1.htm

 ▲産經新聞:【民主党代表選】沖縄の米海兵隊「いらない」と小沢氏

 とりあえず、大変ご立派です。私はこの意見に賛成します。「脱官僚」を掲げた民主党の菅直人首相が、鳩山前政権で財務相を歴任してから明確に官僚主導を甘受したのは、完全に屈米と化したからです。「日米同盟」のもとに米国の言うなりになる「平和」など、まやかしに過ぎません。概して「アジアの平和」を謳ってきた菅首相のような左翼活動家の出鱈目が、権力を掌握して以来あまりに明け透けです。

 これに対し、岡田克也外相やいわゆる右翼の方々が猛烈な批判を同床異夢に唱えていますが、主として右翼の言い分は「小沢はそうやって人民解放軍に日本を侵略させる気だ」と言って怒っています。私もお叱りを受ける覚悟ではっきり申しましょう。そんな腰抜けなら右翼なんかやめてしまえ、と。

 なぜ米軍に統治されている日本を、日頃は「日本の自主独立を」という方々が維持させようと張り切るのですか? これだから日本の右翼も左翼も、言っていることは逆に見えるが達成されるべき結果が同じなのです。ひょっとして、右翼と左翼は同じ進駐軍の別働隊同士なのでしょうか。

 ただ、小沢氏は昨年の2月にも「第7艦隊だけで米軍の極東に於けるプレゼンスは十分だ」と発言し、その直後の3月3日、見事に東京地検特捜部が「西松建設」の裏献金疑惑で小沢代表(当時)の資金管理団体「陸山会」の会計に関わっていた公設第1秘書ら3人を逮捕しています。

 小沢氏は、明らかに米国の或る筋を怒らせたのでしょう。それでも今回、またぞろ同種の発言に及んだということは、米国の別の筋が東亜からの米軍撤退を構想しているからに違いありません。つまり、小沢氏も菅首相とは別の筋の屈米です。

 なぜなら、米軍に出て行けという前に、それを言う人なら言わねばならぬことを小沢氏は絶対に言わないからです。どちらの筋に軍配があがるかなんぞ、これでも独立国家の政治リーダーを決める話なのでしょうか。たちあがれ日本の平沼赳夫代表のように、丁寧に「軍国主義になれということではない」と説明した上で「日本はまず日本人の手でしっかり守る」と言わねばならないではありませんか。その実現には、検察もお役所も国会議員も屈米に墜ちる仕掛けたる占領憲法の、まさに無効である占領憲法の大問題からはまず逃れられません。

 そのことに小沢氏が決して真っ正面から触れないのはなぜでしょうか? これだから「小沢氏は中共に日本を明け渡そうとしている」なんぞと言われるのです。反論があるなら、小沢氏は今いくらでも喋る場を設けているのですから、周囲も気づいて語らせるべきでしょう。

 一方、党代表(首相候補)選挙に対して喋りすぎなのが仙谷由人内閣官房長官です。自ら屈米して検察を利用してでも「小沢潰し」を主導しているのは彼ですから、あまりに必死すぎて官房長官という立場も自らが左翼弁護士であることも忘れているのでしょう。このような卑劣な人物が官邸にいる限り、政治が私たちのほうを向くわけがありません。いくら敵対しているからといって、小沢内閣(仮)には内閣不信任決議で対抗するとは、同じ党内で言ってよいことと悪いことがあるでしょう。

 http://www.jiji.com/jc/zc?k=201009/2010090300809

 ▲時事通信:「小沢内閣」不信任に言及=訴追後も在職の場合?仙谷長官

 そのくせ、讀賣新聞社がとっくに指摘していた外国人党員・サポーター集票問題8月2日記事を参照)について、仙石長官は知らぬ存ぜぬの「おとぼけ大作戦」を展開しました。

 http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/100906/stt1009061201011-n1.htm

 ▲産經新聞:【民主党代表選】在日外国人の党員問題「報道で初めて知った」と官房長官

 本当に9月6日の産經新聞社の記事を見て初めて知ったなら、官房長官としての自らの資質に問題があることを明言したようなものですが、それはほぼありえませんし、そもそも「国籍意識のない国会議員」というとんでもない地位を確立(!)してきた仙石長官が、この党制度を知らなかったはずがありません

 菅首相とともに歩む仙石長官といい、日教組の方々といい、自分たちの不都合を指摘されるとすぐ知らぬ存ぜぬで被害者面さえするのですね。そういえば、小沢氏とともに歩む輿石東参議院議員会長は日教組の代弁者を自認してきました。こんな連中に何を期待しますか? 筋違いな批判や間抜けな賛同はやめて、真なる日本の政治実現に向け、私たちは結集しましょう

 この手の「えげつない」官房長官が出てくる映画と言えば、平成18年製作・公開の日本映画『日本沈没』(小松左京原作 樋口真嗣監督)を思い出します。野崎長官(國村隼)は、地震や津波などで国民は勝手にどんどん死んでゆくのだから、1人でも多くの日本民族を救おうとする退避計画なんぞ実現させる努力はしたくないと言うのです。TBSが主導したと思われる脚色の出来栄えそのものとともに、本当に最低でした。

映画『氷雪の門』オフィシャルサイト

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悠仁親王殿下のお誕生日

皇紀2670年(平成22年)9月6日

 秋篠若宮であらせられる悠仁親王殿下は6日、4歳の御誕生日を迎えられました。一臣民として心よりお慶び申し上げます。

 悠仁親王殿下は今春より国立お茶の水女子大学付属幼稚園に通われていますが、ここが明治9年に創立された日本初の幼稚園であり、校歌「みがかずば」が日本初の校歌にして昭憲皇太后宮から下賜された御製歌であることは、よく知られています。

 とりわけ私立学習院幼稚園に御入園されなかったことが大きく報じられもしましたが、かように御皇室との関わりもある国立幼稚園に通われるよう文仁親王殿下、紀子殿下が手配されたことは、ともすれば世間の不景気に御心遣いを賜った結果ではなかったかと思いもしました。

 今となってはウソかマコトか分かりませんが、興味深い動画を発見したのでご紹介しましょう。

 ▲悠仁親王殿下ご誕生にまつわる吉兆(Good omen before Prince Hisahito was born)

 確かに、9月6日の花言葉は金蓮花の「愛国心 恋の炎 勝利 我が祖国を愛する」(9月6日の花言葉を参照)です。悠仁親王殿下は御幼少にあらせられて既に美男の相を御持ちですから、これから多くの女性に恋の炎で照らされるのかもしれませんね。

 このような日に醜い政を語るのは、ひとまずやめておきましょう。

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おいしい食べものたち 1

皇紀2670年(平成22年)9月4日

■おいしいスコーンの食べ方

 日本人にはおよそ深い縁などない食べものです。日本ケンタッキー・フライド・チキンが「ビスケット」というスコーンによく似た商品を販売し始めた頃、そのパサパサした食感にメイプルシロップが合わず、私はすっかり戸惑ってしまいました。現在発売中の商品は、この問題を生地の改良によって解決しています。

 ところが先日、欧州・墺国(オーストリア)の友人とアフタヌーン・ティーを愉しみ、実に興味深いことを聞きました。日本人はこの縁遠い食べものを、お洒落だ何だと言って我が身に引き寄せておきながら、まったく無理解のまま食していたことにハタと気づいたのです。

 もう10年ほど前になりましょうか、私が初めてアフタヌーン・ティーをいただいたのは、ザ・ペニンシュラ香港の有名な「ザ・ロビー」ででしたが、何やら恥ずかしい食べ方をしていたに違いありません。

 まず、スコーンにハチミツやメイプルシロップをかけて食べるのは言語道断であるらしい。

 そもそもアフタヌーン・ティーの文化が確立されたのは、日本で言えば天保8年から明治34年まで在位した英国王室ヴィクトリア女王の頃と言われていますが、その気品あふれる社交界の歴史を勘違いして、スコーンはナイフとフォークでいただくものと思っていたら大間違いなのです。

 意外にも手で食べるのが本式であり、垂れて食べにくいシロップの類いは決してかけないといいます。ジャムの類いも、あくまで味の変化を愉しむ「2番手」に過ぎません。

 最もスコーンはクロテッドクリームをつけて食べるものである、と。

 この聞き慣れないクリームこそが、日本人の実に繊細な味覚をもってしても欧州人に敵わぬ曲者なのです。私たちがいただいたのは英国ロッダ社のロゴが印刷されたものでしたが、クロテッドクリームとは、脂肪分60%以上の生乳のみで作られるクリームで、誠に濃厚であり、その製法には英デヴォン州にて2000年以上の歴史があると言われています。

 私が感嘆させられるのは、欧州人たちの乳製品に対する目利きの鋭さです。日本の鰹節や昆布、小魚などから作られる「だし」の細やかな気配りにはまったく気づかぬ連中が、ことチーズやクリームに関しては実にうるさい。

 墺国の友人が「日本にはチーズの専門店がないから困る」と言うのです。有名百貨店の地階にある程度では種類が少ない、とぼやいていました。逆に彼らは、鰹節や昆布にいくつもの種類があって、日本人がそれらを買い分けていることには驚くのでしょう。

 さて、そんな鰹節と昆布と味噌と米の国の私は、アフタヌーン・ティーの意義をこう教わったのです。夕食前にワインなどをいただくと、昼食以来何も食べていなければつい酔っぱらってしまう、と。いわゆる「空きっ腹に効く」というやつです。そこで、昼食と夕食の合間に少し食べておくわけです。

 スコーンは焼きたてで、大抵3段重ねほどのティースタンドに乗ってやってきますが、ここで紅茶を供するのは執事ではなく女性の役目でした。女王であっても自ら皆の分を入れたと言いますが、聞けば慣れないせいか随分と段取りの悪い有り様で、おおよそ「先にスコーンでも召し上がれ」と言われるそうです。

 その場の老若男女が女王の指示とばかりに「そうですか」、とおもむろにスコーンにクロテッドクリームをつけて食べ始めます。ですからスコーンは温かいうちに食べるものなのだそうです。

 かくして食文化というのは、現世個人の理性が何を叫ぼうと、過去多くの人々、或いは国家体制によって構築されていったものであり、ゆえに中には由来を聞けば可笑しなものもあります。香港でのみならず、星国(シンガポール)ラッフルズ・ホテルの「ティフィン・ルーム」でのハイ・ティーが有名なのは、申すまでもなく英国の統治下にあった歴史の産物です。

 とことん「それらは忌まわしく、禁じるべきだ」と言えば、とたんに人類はあるゆるものの食べ方を見失って戸惑うでしょう。いざ食べ方なんぞ個人の自由だ、と言われても困ってしまうものです。仏国領だった越南国(ヴェト・ナム)の仏パンやコーヒーが概して本国産以上においしいのは、歴史の素敵な産物ではありませんか。越南人はそれらの食べ方をよく知っています。

 ご皇室由来のものや習慣を否定する愚かさを、よもやスコーンにクリームをつけながら思い知るとは私も思いがけませんでした。冷徹な印象をもたれがちだった女王を新しい視点で描いた平成21年製作・公開の英国映画『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(ジャン=マルク・ヴァレ監督)でも観てみることにしましょう。

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「人口減らせ」篭城・射殺

皇紀2670年(平成22年)9月3日

 民主党の小沢一郎幹事長(当時)の石川知裕元秘書(北海道11区・衆議院議員)が政治資金規制法違反容疑で逮捕された時、私はこのような形式犯で現職の国会議員が逮捕された前例はなく、極めて恣意的なものを感じると書いて「小沢擁護」に誤解されてしまいましたが、政治資金収支報告書の記載に疑問があれば総務省による修正指導で終わるはずのものを逮捕までし、小沢氏の逮捕・起訴まで迫ろうとしたのは不当だったという考えに今でも変わりありません。

 それでも「石川は犯罪者」「小沢も犯罪者」で猛進する、いわゆるネット言論は恐ろしいと感じたものです。私が一貫して申してきたのは、小沢氏の集金方法に数々の疑惑があり、それが事実かどうか明らかにすべきだということですが、菅直人首相も前段の問題のみを指して「口撃」しています。裏でせっせと仙谷由人官房長官が焚きつけてきたわけですが、その仙石長官こそ、東京・新橋で司法書士をやっている長男に3つの政治団体から320万円が渡り、この事務所ビルに長男経営の不動産会社、仙石長官の3つの政治団体ならびに弁護士事務所があるというではありませんか。

 さらにこのビルには、前原誠司国交相の凌雲会事務所も入居しています。問題は、この新橋の事務所が仙石氏の集金拠点になっているかもしれないというわけで、小沢?仙石ともに後ろめたい集金方法には絶対に触れない、深く調べさせないのです。

 そここそ突けば、小沢氏も仙石氏もどの方向だけを見て政治をしているのか、すぐにでも明るみにできると思います。それが問題の本質であるべきではないのでしょうか。不動産登記だの親が子を助けただのといった目くらまし戦術にとらわれ、結果だまされていたでは済みません。

 というわけで、いよいよ民主党代表(首相候補)選挙は茶番の様相を呈してきました。8月2日記事で取り上げたように、外国人でも人数水増しでも何でもありの党員・サポーター票が加算されるような選挙で一国の首相を決められてはたまりません。

 のちに「だまされた」を言いたい人たちは、これをもって「内閣を認証するのは天皇陛下だから、天皇陛下に最大の責任がある」とでも言うのでしょうか。戦争責任論議の阿呆らしさはここにあるのです。帝国議会も国会も天皇陛下に招集の御声を賜りますが、そこでの莫迦議論の責任は議員・代議士にあり、選んだ臣民・国民の責任を自覚しなければ、政治がよくなったりする筈もありません。

 このような「形式」の意義を軽蔑し、人間を「個人」の単位で語る者は、ゆえに自らの理性や意志を疑うことなく保守主義の基本哲学に猛烈な批判を加えるのですが、継承することやものを否定するのなら黙って自死せよというのです。あえて自殺とは申しませんが、自らの意志を後世に遺しても主義に反する筈ですから、黙って現世から去っていただくしかありません。ならばかえって「個人」の権利はどうなるのでしょうか。この思想では、とたんに論理破綻をきたします。

 http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2752511/6135516

 ▲AFP通信:米ディスカバリーチャンネル本社で立てこもり、犯人を射殺

 世界的にも有名なケーブルテレビ局に篭城し、射殺されたこの在米韓国人男性は、公開された犯行声明に「地球を守るために人口を減らせ」という主旨のことを書きなぐっていました。番組の中で子供の出産を紹介するのもやめろ、と主張しています。

 結構でしょう。彼が、カール・マルクスさえも冷笑したトマス・ロバート・マルサスの『人口論』に傾倒していたのも自由です。ならば自ら勝手に人知れず死ぬか、或いは米国経済にも何らかのご意見をお持ちのようでしたから、ホワイトハウスか連邦議会の前で抗議活動をすればよかったに違いありません。菅首相もかつて、田中角栄元首相の自宅前で署名活動をしていたくらいですから、政治活動の自由は思想の如何を問わず、人種の差なく認められるべきです。

 ところが彼は、目についたディスカバリーチャンネルを攻撃して2年前に逮捕され、またも今度は篭城して社員を人質にとってしまいました。この局の経営者または社員が何らかの不正をはたらいていたというなら(やり方の限度をはるかに超えていると思いますが)まだ分かります。

 しかし、社員は彼の主義のもとになく、身体・生命の危機にまでさらされるいわれはないでしょう。ですから、人口増加が問題だという主義に到達し、自らがその原理を貫くのなら、もはや自死するほかないのです。これがどれほど生命の継承をなきものにし、むなしく、実は地球の営みを否定する思想か、もう少し考えて欲しいところでした。このような思想の淵から人を、そして地球を救う手はやはり祭祀によるほかない、と改めて思います。

 おっと、今回は映像作品のご紹介がありませんでした。ディスカバリーチャンネルでもご覧下さい。

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日本は戦争を止められた筈

皇紀2670年(平成22年)9月2日

 酒癖の悪い某夫人まで出てきて議員会館を回り始めた選挙の話なんぞ、一旦やめておきましょう。

 そんなことよりも、米国のバラク・オバマ大統領が8月31日夜(日本時間9月1日午前)、イラクでの戦闘任務の終了を宣言しました。しかし、長らく日本のメディア各社が報じなくなったために知られていないかもしれませんが、実態は今や無政府状態と化しているイラクヌーリー・マーリキー首相のもと半年以上議会も開かれない始末)から、イラクを荒らしに荒らし倒した米国が逃げることにしたという顛末です。

 http://sankei.jp.msn.com/world/america/100901/amr1009011124004-n1.htm

 ▲産經新聞:オバマ大統領、イラクでの戦闘任務終了を宣言 国民向けにテレビ演説

 オバマ大統領の言う「核のない世界(→世界平和)」はこの程度のものです。この程度の者が口先だけの世界平和を騙ってノーベル賞を受賞するような民主主義や資本主義に未来はありません。

 私は開戦前からイラク戦争に反対でした。ブッシュ政権当時のコリン・パウエル国務長官がUN(連合国 俗称=国連)安全保障理事会に提示した不鮮明な画像と音声記録では開戦の理由にはならないと書いたこともあります。

 米国は、ただサダーム・フセイン大統領(当時)を処刑したいだけであり、クリントン政権下の、イランとの兼合いからイスラム教シーア派やクルド人を使ったCIA発案の革命工作を断念したことがトラウマになっていただけにも思えました。ここにCIAが国防総省と組んで主導する戦争の欺瞞を感じたのです。

 そして何より、占領憲法を無効にもせず威勢だけはよかった小泉純一郎首相(当時)が、その第9条に規定された交戦権のない状態を無視して開戦に賛成し、自衛隊の派遣を決定、実行したことが許せません。米軍による占領統治の続く日本に何が出来るというのですか。

 自衛官たちは小泉政権の出鱈目に誰よりもさらされたのですから、私はとても任務に就く自衛官たちに向かって罵声を浴びせた人々の神経が理解できませんでした。日本の左翼は海外の左翼と違い、文字通り「木を見て森を見ず」という恥を恥ずかしげもなくさらけ出します。

 かくして小泉政権は屈米のためなら遵法精神を捨て去り、批判も筋違いなものばかりで救われたため、とんだ人治政治がまかり通りました。不本意だろうと無効を決議しない限り、国家の三権は日本国憲法という名の占領憲法に従うのですから、一連の小泉首相の決定は脱法行為でしかありません。それでも首相なら出来たというわけで、小沢一郎氏はいよいよこの座に就こうとしています。

 オバマ大統領の偽善を叱るなら、かえってジョージ・W・ブッシュ前大統領や英国のトニー・ブレア元首相は故・フセイン元大統領と並んで無罪放免であり、一方の小泉元首相は有罪確定でしょう。なぜそうなるのか、それは、イラク戦争は日本こそが止めることの出来た戦争だったからです。

 日本政府がそのような覚悟を持つべきだったことは、例えば昭和57年製作・翌年公開の日本映画『東京裁判』(6部作・9時間31分もの超大作『人間の條件』で知られる小林正樹監督の長編記録映画)を見ても分かるように、連合国の欺瞞に満ち、小林監督自身もブロパガンダ・フィルムと知って使ったと話された『中国之怒吼』の南京大虐殺という捏造(事実は南京陥落)まで持ち出された敗戦国に対する戦勝国による凌辱行為の正当化に抗さなかった、或いは抗せなかったことから始まります。

 平成10年には『プライド・運命の瞬間』(伊藤俊也監督 津川雅彦主演)が製作・公開されましたが、本作は上記指摘したことに多少触れられており、ゆえに一部から「右翼映画」などと決めつけられもしました。大東亜戦争の正当化を喧伝すべく本作が作られたというのですが、そうでしょうか。本作はむしろ、戦勝国が一方的に敗戦国を裁くという時代背景を真っ向から認め、人類叡智の進化を理想として極東国際軍事裁判を否定する必要があると言っているのです。

 それが「右翼」だと言うのなら、やはり右派・保守派こそがイラク戦争のような行ないに反対し、世界平和実現の理想に向けて行動しなければなりません。その逆は「左翼」ですから、左派・革新派はいわゆる東京裁判を受け入れ続け、今後もこのような行ないが繰り広げられることに目を伏せるのです。それが屈米左翼という、日本の左翼ならではの極めて屈折した、或いは矛盾した理屈によって世界平和の実現を妨げる勢力という正体に他なりません。

 東京裁判の出鱈目を指摘する者は好戦的な右翼であり、まるで犯罪者のように言われてきたのは大間違いです。講和発効後、日本政府が公式に東京裁判そのものを一度も否定しなかったことこそ大間違いなのです。その前ならやむをえずとも講和条約が発効していて、なぜできなかったというのですか。

 独国に覚悟があるのかないのか知ったことではありませんが、英国や蘭国(オランダ)で始まったイラク戦争に対する政府検証は、日本でもなされるべきです。小泉元首相を国会で証人喚問にかけるべきではないでしょうか。それは些末な個人攻撃を目的とする類いではなく、占領憲法問題に日本民族がぶちあたる大きな機会としたいのです。

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