次は東南亜の意思確認へ

皇紀2675年(平成27年)11月4日

 http://www.sankei.com/politics/news/151103/plt151103……
 ▲産經新聞:慰安婦問題、日韓首脳会談でも埋まらぬ溝 「年内妥結」迫られるも安倍首相突っぱねる

 ようやく産經新聞社も取材の結果、ここへ行きついたようです。私が二日記事で改めて十月二十九日記事で申したことを再指摘したように、日韓首脳会談後の昼食会を袖にしたのはわが国側なのです。いつまでも「韓国に中共との差をつけられた」と伝えるのはやめてください。事実に反します。

 会談後の記者会見場に韓国側の記者を入れず、駐韓日本人とだけソウル特別市仁寺洞にある韓定食屋へ行って焼き肉を食べ、韓国人との交流イヴェントの類いを滞在中に一つも入れなかった安倍晋三首相は、事前に事務レヴェルで提案されていた日韓交流などの日程案をことごとく蹴りました。

 そもそもありもしなかったということが判明したいわゆる「韓国人慰安婦問題」でも、朴槿恵大統領が希望した「年内解決」を拒否し、とにかく「交渉継続」という韓国側の出方を全て見てから考えることを主張して突っぱねています。わが国側はとりあえず「人道支援」などの提案をしてみますが、それらは韓国側の反応を見極める目的のものでしかありません。

 さて、ここからはフィリピン(比国)で開かれるAPEC(亜州太平洋経済協力)とマレーシア(馬国)で開かれるASEAN(東南亜諸国連合)の各会合です。

 日中経済協会(会長=宗岡正二新日鉄住金会長)の訪中団が本日午後、李克強国務院総理と会談予定ですが、この前に自民党の二階俊博総務会長らが訪中しています。中には共産党人民解放軍を訪ねた財界人がいたようで、この時期に何を考えているのか分かりません。

 連合国(俗称=国際連合)総会第一委員会は現地時間二日、仏英米が棄権したもののわが国主導の核軍縮決議案を二十二年連続で採択しましたが、今回初めて広島市と長崎市への各国首脳訪問を促す文言を入れることに成功しました。

 これほど尽くしてきたわが国の核武装に突然言及して中傷した中共のほか三か国は、採択に反対し「侵略国のくせに広島・長崎を訪問してとは何事か」などと吐き捨てています。被爆者は中共に唾を吐かれたのです。これでもわが国の反戦非核運動は、中共や北朝鮮を非難しなくてよいのですか?

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『次は東南亜の意思確認へ』に2件のコメント

  1. 心配性:

    >これほど尽くしてきたわが国の核武装に突然言及して中傷した中共のほか三か国は、採択に反対し「侵略国のくせに広島・長崎を訪問してとは何事か」などと吐き捨てています。

    比較的最近イギリスやドイツのメディアが、「日本は広島、長崎を理由に被害者面をしている」と安倍総理を批判していました。
    国内ニュースでも、「英国メディアがこの様に報じています」と紹介されたように思います。
    安倍談話の頃です。
    「戦勝国が団結して敗戦国日本を叩く」という中国の戦略は胡錦濤時代にもありましたが、習近平政権になってからは露骨なまでに過激化しているようです。
    中国の反日宣伝に欧米西側諸国が乗るという事は、それだけ近年は、傲慢な核保有国に対して批判が集まっていたという事でもあるのでしょう。
    しかし、「原爆投下」は正しかったと中国に絶賛されてアメリカは嬉しいのでしょうかね?

    それにしても、慰安婦や国民徴用令程度で原爆を投下されてはたまったものではありません。
    だから、南京で30万人殺した事にされたわけですけれど、肝心の中国側に30万人分の犠牲者名簿が無いそうです。

    >これでもわが国の反戦非核運動は、中共や北朝鮮を非難しなくてよいのですか?

    はっきり言って、従来型の反米左翼は、中国にとって“用済み”になりつつありますね。
    「ノーモアヒロシマ!」「リメンバーナガサキ!」とデモをしている反米リベラルに対し、「被害者面の右翼」のレッテルを貼るようになっています。
    中国は、沖縄の基地問題でも、反米左翼を煽って日米安保に楔を打ち込むという従来の戦法から、沖縄で反日を煽って独立機運を高めるという方向へ転換しつつある気がします。

    要するに「反日」そのものが目的になりつつあるという事です。

  2. ゆき:

    自民野田聖子氏が南沙は日本と直接関係なしとし、日中二国間関係を進めていくべしと言っている。
    南沙をチベット、ウィグルと置き換えてもいい。そんなの関係ないって、金儲けの方が大事なんたよ、というなんとも程度の低い話をしているわけだ。子供がいなくても我が道をゆくという女性もいる、しかし、何かテレビで同情を買うような出産をひけらかして何だこの人は!と思ったことがある。政治家としても未熟だ。
    二世政治家は価値がないとづづく思わされた。