中共の横槍?映画KANO

皇紀2675年(平成27年)1月26日

 http://www.sankei.com/premium/news/150124/prm150124……
 ▲産經新聞:「日本人が受賞しても中国は報道しない」 日台絆の映画「KANO」を製作したウェイ・ダーション監督に聞く

 台湾の嘉義農林学校(現・嘉義大学)野球部が大日本帝國統治下で夏の甲子園に出場し、準優勝までしていた歴史を描いた映画『KANO』(馬志翔監督作品)は、いよいよ二十四日から公開が始まりました。

 この作品について、私は旧年十二月二十二日記事ですでに扱っています。現下の選抜高校野球(春)大会二十一世紀枠に台湾の高校を招いてはどうか、という或る読者の提案に呼応したものです。

 しかし、本作はそもそも厳しい待遇にさらされていました。台湾で異例の大ヒットを記録し、第五十一回金馬奨(「台湾アカデミー賞」とも呼ばれ、中共でもその授賞式が放映される)で最多となる六部門もノミネートされていたものの、無冠に終わったのです。

 一部で言われているのは、審査委員長が中共のジョアン・チェンさん(映画『ラストエンペラー』や『ラスト、コーション』などの女優)だったからだとのことですが、彼女は第七十一回ヴェネツィア国際映画祭で無知蒙昧な「反日」発言をしたいわば「前科」があり、徹底した「『KANO』外し」があったと言います。

 そのことについて、本作では製作・脚本を担当した映画監督の魏徳聖さんが産經新聞社のインタヴューに応じ、仮に「日本人が受賞したら中国(※)では報道しない、そもそも放映しないのではないか」と答えました。(※=中華人民共和国のこと)

 チェンさんに対する批判もあるでしょうが、チェンさんといえばアクション男優のジャッキー・チェンさんも、香港が英国から中共へ返還されて以来、ことのほか共産党寄りの発言が多くなっています。そうしなければ、共産党権力に活動を妨害されかねないのです。

 皆さん是非、映画『KANO』をご覧ください。(新宿バルト9や梅田ブルク7などで公開中!)

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『中共の横槍?映画KANO』に1件のコメント

  1. 学生野球ファン:

    「お前たち、泣いてはならん!」・・・
    上映時間帯の都合で、昭島で観ました。都内から遠路駆けつけた甲斐が有ったかどうか・・・満員の観客が「不覚にも泣かされてしまった」三時間でした。
    但し、1930年代・大日本帝国時代の「中等学校野球大会」における史実を「台湾側」から描いた作品である点を割引いて鑑賞した方が良いです。

    ・先ず、時代考証が稚拙で(あくまで日本側からの感想ですが)、細部に緻密さが欠ける為、感情移入に苦労します。例えば、嘉義の練習グラウンドを再訪した、兵隊の軍服と軍靴。将校或いは下士官の設定(?)かもしれませんが、あのブーツは違和感大でした。
    ・肝心の野球用語も、高校野球ファンには耳障りだったのでは? あの時代、縦に曲がる変化球の呼称は「スライダー」でなく、「ドロップ」でしょう。
    ・戦前の甲子園球場・・・鉄傘設置前だったとしても、あのスタンド描写は正確? 札幌商業や中京商業のカラフルな帽子やアンダーシャツも、史実に沿っていないのでは? (私自身、札幌市出身者として)戦前の札幌商業・野球部のユニフォームを凝視しましたが、どう見ても あの「空色の帽子」は虚構と解しました。
    ・本作が埋もれていた史実(戦前の中等学校野球大会における嘉義農林の準優勝)を発掘した点は大いに評価されます。(同じ理屈で、「1926年大連商業の準優勝」という史実が再評価されるかも)
    一方で、「1931年、嘉義農林の甲子園準優勝」の前年に発生した、「霧社事件」(台湾セデック族による抗日蜂起)に本作が全く触れていない点は確かに不自然であり、一部の識者からの批判は当然でしょう。その点も含め、台湾人選手たちと、日本人監督・近藤(永瀬正敏)との葛藤・対立・和解・敬服に関するプロセスが描かれず、表面的な解釈に終始した脚本は、踏込み不足だったと云わざるを得ません。