パナソニックCMで逆襲か

皇紀2673年(平成25年)8月20日

 http://www.zaikei.co.jp/article/20130804/144062.html
 ▲財經新聞:パナソニックのCM放映を民放各社が拒否するわけ

 四月に発売されたパナソニックのスマートテレビジョン「スマートビエラ」の映像広告(CM)の放映を民放各社が拒否している問題で、パナソニックは広告宣伝費そのものを大幅に削減し、特に東京放送(TBS)系列の毎週月曜日午後八時枠で一社(単独)提供から撤退する方針を固めました。

 この枠は、かつて「明る~い、ナショナル」の歌声に乗せたオープニングキャッチで親しまれた『ナショナル劇場』の伝統枠であり、既に十一年前にもTBSは「光~る、光る東芝」の『東芝日曜劇場』を失っています(現在の『日曜劇場』)。

 放送局や新聞社の営業にとって広告収入は最も大切ですが、企業側は業績の悪化、或いは経営方針の改正などで、東芝やロート製薬らのように一社提供から撤退するものです。また、テレビ朝日系列の『料理バンザイ』のように、雪印食品(当時)が牛肉偽装事件を起こしてグループ一社提供を降り、番組そのものが終了してしまう(最終回のメッセージ映像でかつてないほど徹底した自己反省と自己否定を放映し、本当に雪印企業グループも立ち直れなくなって潰れた)ということもありました。

 しかし、今回のパナソニックの撤退は、民放各社に対する「逆襲」と「復讐」「開き直り」の序章に過ぎないかもしれません。

 わが国のスマートテレビジョンはまだ始まったばかりですが、地上放送事業者連絡会とBS放送事業者連絡会が定めた「番組に関係のない画面を同時に表示してはいけない」というガイドラインに、そもそもスマートテレビジョン自体が抵触してしまいます。

 とはいえ、この技術開発と市場の拡大はもう先進各国で始まっており、わが国の企業だけが国内放送業界の都合で製品の開発と販売を妨害されるいわれはないでしょう。そのようなことを許していますと、他にも類例のある通り「技術の日本」が他国の企業よりもなぜか遅れをとることになります。

 スマートテレビジョンがわが国でどこまで売れ、どこまで使われるようになるかは分かりません。すなわちそれは、一部で期待されているような「テレビのニュースしか見ないような人たちにも(インターネット上の情報こそ玉石混交だが)本当の情報が伝わりやすくなる」といったことが、実際にはほとんど起こらないかもしれないのです。

 それでも民放各局は、自分たちが放送上の虚飾(必要のない世論誘導や情報の隠蔽、または一方的な開示)に及んでいることを簡単に明かされたくないため、特定の家庭用電化製品を狙い撃ちにして特定企業の映像広告の放映を拒否してしまいました。

 このようなことを続けていますと、各局はますます本来反社会的な消費者金融業(銀行系を含む)や遊技業(パチンコチェーンなど)、新興宗教団体(関連の新聞社や出版社などを含む)らからの広告収入に頼り、虚飾が増していくでしょう。

 前出のガイドラインを改訂する気がないのなら、いっそ各局は毎回第一声を「金正恩同志、万歳(キムジョンウンドンジ マンセー)!」で番組を始めればよろしい。ならば誰の目に見ても「テレビがおかしくなった」「もう見てはいけない」と分かりやすいもの。

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『パナソニックCMで逆襲か』に6件のコメント

  1. 茶花:

    遠藤健太郎さま おはようございます。毎朝拝読しております。
    殆どのご意見に共感しつつ、また情報過多で判断を迷う時などは特に、
    一種の参考書のような感覚で(失礼な表現でしたらお許し下さい)
    有効に活用させて頂いています。

    本日の一刀両断ぶりも素晴らしいですね!全く同感です。

    私はテレビを見るとバカになる・・・・とさえ思っています。もっと言えば
    その番組が自分にとって有用かどうか?流されている情報をどう捉えるか?の
    判断力あっての取捨選択ならOKでしょうが、漫然と子供の頃から受動的に
    テレビを見ることは百害あって一利なしだと思います。

    パナソニックの逆襲の姿勢が、一般消費者にどう受けられるか分かりませんが、
    国産の良質なものを、日本国民が自らの判断で自主的に選ぶ・・・その
    架け橋になれるものはテレビでは無くなっていくように思います。
    あるいは早くその架け橋のシステムがもっと進化を遂げ、
    精度を増すことを祈っています。

  2. おじさん:

    初めまして。

    早速ですが、下から四つ目の段落にあります「ほとんど起こらないかもしれない」の意味は、

    間もなく説明されるのでしょうか。

  3. 読者:

    こんばんは、遠藤さん

    貴殿が私のコメントを随時読んでくれていると思うのは
    わたしの思いすごしでしょうか(笑)

  4. 保守:

    >「テレビのニュースしか見ないような人たちにも本当の情報が伝わりやすくなる」

    数年前から「放送とネットの間にはいずれ垣根が無くなる」といわれていましたが、もしそういう時代が来ても、根本的な状況は地上波テレビ局が情報を占有している現在とあまり変わらないのではないかと思います。世の中大方の人はオピニオンな情報源を求めてポータルサイトなどに集まり、そこから離れて情報を集めることはあまりないのではないでしょうか。あるいは現行の地上波テレビ局がポータルサイト化し、総合情報通信サイトの様になって生き延びるのかもしれません。PCはともかく携帯は誰でも持っているのにネットで能動的に情報を集める人が少ない様子を見ていると、そういう期待ができるかどうかはちょっと疑問です。

  5. 遠藤健太郎:

     私はいつも(毎日ではなく「まとめて」という時もありますが)必ず皆様からの投稿を拝読しています。

    おじさん様へ

     この記事で「一部で期待されているような『テレビのニュースしか見ないような人たちにも(インターネット上の情報こそ玉石混交だが)本当の情報が伝わりやすくなる』といったことが、実際にはほとんど起こらないかもしれない」と申した部分については、奇しくもコメント欄の保守様が同様に分析されています。

     スマートテレビジョンの機能がどこまで求められ、受け入れられるか(要するに売れるか)は未知数であり、報道番組の放送時にその内容を疑問視する人がどこまで本当に自ら情報をとろうとするかも分かりません。保守様が指摘されている通り、結局は都合よくスマートテレビジョン利用者向けのポータルサイトが表示されるだけで、利用者(消費者)がそこから一歩も出ない可能性もあるのです。

  6. 保守:

    偏向ニュース番組で正しい情報を伝えず、捏造ドキュメント番組で歴史を歪曲し、低俗バラエティー番組で国民の知性と品位を徹底的に破壊しているテレビなど、もはや公害同然だと思います。そういうものを国民のほとんどが毎日何時間も視聴していながらテレビを放り出そうとしない現状を見ていると、絶望的な気分になってきます。

    昨今道徳教育の必要性が叫ばれていますが、道徳教育においても最大の問題はテレビ番組の質の悪さでしょう。道徳教育を行うのも教育勅語を復活するのも結構なことだと思いますが、子供達の話題や価値観を作っているのはやはり何だかんだいってもいまだにテレビの力が大きく、仮に学校で立派な道徳を説いたとしてもテレビの影響力の強さに簡単に負かされてしまうと思います。子供を指導する親や教師も常識感覚を狂わされていますから、教育にも身が入らないでしょう。この点を是正しない限り、せっかく道徳教育を充実させようとしても空振りに終わってしまうのではないでしょうか。

    道徳や常識といったものは社会を営むための先人達の知恵の結晶であり、個々人の判断の至らない点を支えてくれる知の遺産です。現代では、我々の社会を支えてきてくれたそうした先人達の貴重な遺産がテレビをはじめとする大衆メディアが垂れ流す情報によって権威をズタズタにされ、あろうことかその座まで取って代わられつつあるように思えます。