子供への暴力だけなぜ?

皇紀2679年(平成31年)2月12日

児相の家庭への「介入」強化へ 親支援の部署と機能分離:朝日新聞デジタル

 児童虐待の防止に向けて、厚生労働省は児童相談所(児相)が子どもを保護する「介入」の機能を強化する方針を固めた。現在は子どもと家庭をともに支える「支援」と同じ部署が担っていることが多いが、子どもの死亡…

(朝日新聞デジタル)

 教育を目的とした有形力の行使を「暴力」と混同された親の代理人を務めたこともある南出喜久治弁護士ほど私に専門的知識はありませんが、それでも教育に携わる者として、これまで私なりに児童相談所の問題を提起してきました。

 千葉県野田市で起きた事件からの一連の流れに対し、まず思ったのは「なぜ子供が受けた暴力には警察が対応してくれないのか」ということです。警察が児相に通報するというではありませんか。

 その通報件数に於いて初めて八万人に及んだというのですが、児相が警察に通報する逆をいく莫迦げた現状は、法務省や地方自治体が勝手に決めたガイドラインに則るからであり、自治体は大東亜戦争後の「戦災孤児」処理から残留した「子供預かり利権」を死守すべく「預かる子供がいなくなったならば、そのような子供をわざわざ生み出してしまえ」とばかりに親から子供を引き剥がし、予算を確保し続ける仕組みが児相なのです。

 私はかねてより、警察のほうに予算と人員をつけて対応すべきと提言してきました。暴力事件を捜査する権限など一切ない児相に一円の予算も、一人分の人件費も無駄なのです。

 児相がある限り、教育的体罰も親から子供が引き剥がされるきっかけにされ続け、そのくせ深刻な暴力事件からは子供を守れないというとんでもない事態がえんえんと続きます。

 にもかかわらず、国民の健康と労働に関する問題が起きた際に「言い訳」するのが仕事の厚生労働省は、やはりと申しますか典型的な思考停止を起こし、児相の利権を拡大させようというのですから、もう国家の基幹統計すらまともに作成できないのも無理はないのかもしれません。

 子供だからといって警察に守ってももらえないような国を目指しているのなら、そのほうがよほど「子供は国に虐待されている」ようなものです。一連の報道を受け、まず私が初めに感じたことがどうやら南出弁護士とほぼ同じようだったので、児相をめぐるこの顛末は、よほど「現場の感覚」としてもまずいのだろうと思います。

 子供はいわゆる「国の宝」です。いや、本当にそうであるならば、これほど無価値にして有害な存在である児相に子供を委ねようなどと夢にも思ってはいけないのです。

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『子供への暴力だけなぜ?』に2件のコメント

  1. 心配性@我は蛮夷なり:

    個人的には、児童相談所に警察官を常駐させればよいと思います。

    マッチョなバカ親が鬼の形相で乗り込んで来たら、お巡りさんが立ちはだかって、職員と児童を守るのです。
    これだけでも、児相の職員は心強いはずです。
    少なくとも、二瓶さんのような、見るからに弱弱しいお役人が丸腰で対応するよりよっぽど安全です。

    どうも政治家は、児相の職員が「丸腰」の‶文官”であるという事実を無視しているような気がしますし、野党は野党で、私も幼少時に母によくやられましたが、「お尻ぺんぺん」の類の軽微な体罰まで取り締まる「超厳格な法律」を作りたがっているようですが、下手をすると「魔女狩り」になりかねません。

  2. miku:

    「警察のほうに予算と人員をつけて対応すべき」
    誠におっしゃる通りです。児童相談所の職員には武道の心得もないでしょうから、今回の様に恫喝する親に屈するのは明らか。予算の無駄遣いです。

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