狂い始めた日テレの計算

皇紀2679年(平成31年)1月3日

 先日、旧年九月に亡くなられた樹木希林さん最後の主演作である映画『あん』を観ましたが、やはりどうしても河瀨直美監督の演出が気に入らなかった。同じ女性監督でも映画『かもめ食堂』などの荻上直子監督のような、ちょっとした描写にも見られる感覚の鋭さや女性ならではの視点がなく、ひどく凡庸且つ虚勢を張るがごとく男性的で観ていられない。全て「いかにも」なのである。

 しかしながらわが国は、とかく「女性の社会進出」が立ち遅れているなどと批判を浴びるが、実は邦画界は、米ハリウッド映画界と比較しても商業的に成り立っている女性監督が圧倒的に多い。前出の二人のほかにも西川美和監督らがいる一方、米映画界には、せいぜいキャスリン・ビグロー監督がいるぐらいだ。

「イッテQ!」初動ミス、「news zero」低視聴率、「24時間テレビ」バッシングで焦る日テレ

 看板番組である「世界の果てまでイッテQ!」の人気コーナーの「祭り企画」のやらせ疑惑を「週刊文春」で報じられ以降、日本テレビの苦境が続いている。 今月15日には同局の大久保好男社長が定例会見の席で謝罪…

(AERA(朝日新聞出版))

 さて、そこで話し転じて有働由美子さんがアンカーに抜擢された日本テレビ系報道番組「ニュース・ゼロ」について申しましょう。日本放送協会(NHK)から日テレが大層に迎え入れた彼女の番組に対し、報道各社は視聴率の低下を全て彼女のせいのように書き立てました。

 では、前任の村尾信尚氏のアンカーぶりはどうでしたか? 既に映像で見せたことをまとめて繰り返すだけの棒読みのコメントに、何か視聴の意味があったでしょうか。私は長らく「中身がゼロ」と申してきました。

 それに比べて自分の言葉で明るく語るのが彼女らしさでしょう。あれが視聴率を落としたとすれば、番組を支配する「徹底的に円をモチーフにしたコンセプト・デザイン」の視覚的気味悪さと、致命的なまでのコメントの質の低落にこそ原因があるのです。つまり、有働さんの隣にいる人たちがことごとく「わざとらしい」と。

 何がわざとらしいのかと申しますと、いかにも「先進的」「進歩的」とでもいいたげなキャスティングなのです。ご氏名を列挙する気はありませんが、有働さんに当てるべきは、従来通りの「お堅いオジサン」たちのはずです。思想の正誤はともかく解説らしい解説に対して有働さんが絡んでいく中で、ふとした瞬間にそのオジサンたちから意外な一面を引き出す、といった具合。

 フジテレビ系「プライムニュース・アルファ」にしても、まるで上がらない視聴率のためのてこ入れで改変したものの、椿原慶子さんらの隣にいた得体の知れないコメンテーターをそのまま登用したことから、海を眺めるほかない都内の僻地から放送するに堕ちたフジが視聴率低迷の原因を全く把握できていないと分かります。浅知恵を語るだけの「経済ニュース」なんぞ、皆テレビ東京系「ワールド・ビジネス・サテライト」(歴代で唯一現在の大江麻理子さんがとてもよい)の視聴でとっくに済ませているのです。

 もはや新聞も報道番組も、国民的な信頼性を欠いています。とはいえ、未だそれらからしか情報を得ない人びとの視聴習慣を維持させることに於いて、日テレはうまくなっていたはずです。

 にもかかわらず、朝の情報番組でいきなり「朝ドラ」をやり始めたりしたことは、そうした日テレの計算が狂い始めたからではないでしょうか。視聴者は一度去ると、なかなか戻ってくれません。フジが完全に凋落したのも(いろいろあって)そのせいでした。

 報道各社こそが「女性の活躍」をいいながら最も女性の足を引っ張っており、自分たちの失敗を女性のせいにするのも厭わない無自覚な集団です。視聴者を騙すことにもまるで罪悪感がなく、番組の作り込みと勘違いする程度の知性しか持ち合わせていません。

 今や娯楽番組も報道番組も局に出入りの制作会社に任せ、すなわちその質の悪さが同根になってしまいました。私たち視聴者のほうがよほど知性を磨いて臨まなければならなくなって久しいのです。

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『狂い始めた日テレの計算』に2件のコメント

  1. きよしこ:

    ここ数日ラジオの話ばかりしていますが、やはりラジオ番組の場合「視覚効果に頼れない」「予算が少ない」といった制約の中で現場の人達の工夫と努力で高い質を保っていますが何と言ってもゲストやコメンテーターの人選が鍵であり、その点テレビは経費節減あるいは芸能事務所との癒着なのか、ろくな知識も持たない人に専門外のことまでコメントさせることが「つまらなさ」の原因なのだと思います。

    制作会社云々のことはよく分かりませんが、やたらと長いコマーシャルも問題です。一言で言えばテレビは時間の壮大な無駄なのです。国民から受信料を「恫喝」するNHKの問題も含めて政府にはしっかりとこの巨大既得権益にメスを入れてほしいと切に思います。

  2. せい:

     遠藤様の仰る通り、news zeroの低視聴率はコメンテーターの人選ミスでしょう。落合陽一(何一つ研究者としての実績のない)などよくわからない肩書をお持ちの進歩的コメンテーターのコメント能力の低さが視聴者を忌避させたのでしょう。落合氏は初回の放送で下駄と奇抜な恰好、そしてコメント時の態度が話題になりましたが、それくらいしか話題にならないような存在でした。話す内容は無知丸出し、話す声や表情は自信の無さを隠すように笑って見せたり、顔芸が必死で気の毒にすら思えました。
     各局の情報番組、報道番組のコメンテーターの質の劣化は目に余るものがあります。まあ、局としては馬鹿がコメントしてくれた方が都合が良いのでしょうが。