相沢・NHK・朝日似た者
平成二十七年八月に大阪府寝屋川市の当時中学一年生だった平田奈津美さんと星野凌斗くんを殺害した山田浩二被告に対し、大阪地方裁判所は十九日、裁判員裁判で死刑をいい渡しました。
この件を再び扱うほどの私の心境は以前に申した通りですが、ご遺族にとって「出せる最大限の判決」だったと思います。奈津美さんの首を絞めてご遺体を刃物で損傷しておきながら「殺意がなかった」とはとんでもない弁護方針ですし、凌斗くんに至っては「熱中症で突然死しただけ」とは、もはや弁護になっていません。
これで控訴するというのですから、裁判員裁判を覆す高等裁判所判決の最近の傾向に期待してのことでしょうし、あくまで発達障害をいいわけにする気かもしれませんが、発達障害を刑事責任能力の欠如と結びつける弁護方針こそ偏見と差別を助長する大間違いです。発達障害と残忍極まりない殺人事件は何ら関係がありません。
私は仕事の休憩時間に急いで判決を確認し、人知れずまた恥ずかしながら泣いてしまいました。中学生の学習支援を生業としているからかもしれませんが、この事件を起こす約十三年前にも男子中高生を拉致監禁し、強制わいせつに及んだ山田被告が犯した卑劣な殺人を、どうしても許すことができません。
夏休みに入り、中学生になった仲の良い二人を遊びに出したご両親を、これほど苦しめた(定めし今後も苦しみ続ける)事件もないでしょう。二人の未来を奪った者が自らの生命をもって償うことに、何の疑問がありましょうか。
死刑(日米など)が野蛮だというなら現行犯を現場で射殺すること(主に欧州各国)も野蛮な行為ということになります。前者は罪の償いであり、後者は罪の拡大の即時予防という手段と目的の違いこそあれ、罪そのものの発生予防策であり、人びとの安寧な暮らし(本能)を守るために考え出された法的仕組みであることに違いはありません。
死刑に反対する過激な運動をしている人たちは、自己保存欲動(自我欲動)という最大の本能を全否定されることが人間の存在そのものの全否定であると知っての狼藉か、と。かつては「仇討ち」でしたが、そんなことをした者がその罪を償える方法はたった一つしかないのです。
さて、つい前段が長くなりましたが表題の件。十月四日記事のそれこそ前段で、大阪日日新聞社に転落していった相沢冬樹氏のことに少し触れましたが、彼の古巣の日本放送協会(NHK)が怒っています。こういうのを「目糞鼻糞を笑う」というのでしょう。どちらが主導した犯罪的報道か知りませんが、どちらでも結構です。
そこへ朝日新聞社の十九日記事に、一面を使って「森友学園問題 近畿財務局OBに聞く」と題した与太話の数かずが掲載されました。どれを拝読しても、自らは何様のつもりなのか分からない綺麗ごとばかりで、一つとして真実を語っていると思わせるものはありません。
これを得意げにまとめた朝日の呆け具合がますます酷いのです。また、財務省から近財へ流された元末端官僚というのは、思想が歪みやすいのでしょう。つくづくこんな財務省の、部局違いだろうが地方支分部局の話だろうが、いうなりに堕ちる政治の出鱈目を指弾せずにはいられません。
消費税率の引き上げにかかるポイント還元などのインチキ策を見ていても、極めて欲深いだけで実は頭の悪い連中なのです。とにかく相沢氏とNHK、朝日と財務省の全てがわが国に不要な人・モノであることがよく分かった一日でした。