政府はどうゴジラを倒すか

皇紀2676年(平成28年)8月13日

 http://www.sankei.com/politics/news/160811/plt160811……
 ▲産經新聞:【阿比留瑠比の極言御免】「ゴジラ」が映す日本の縮図

 現在大ヒット上映中の東宝映画『シン・ゴジラ』は、大阪芸術大学映像学科の先輩に当たる庵野秀明総監督と、樋口真嗣監督・特技監督の作品であり、公開前から期待されていましたが、概ね鑑賞した人たちから高評価を得ています。

 私はまだ予告編しか観ていませんが、道理で余貴美子扮する防衛相が小池百合子元防衛相(現東京都知事)にしか見えなかったわけで、本編を鑑賞された産經新聞社政治部の阿比留瑠比編集委員によると、小池元防衛相が取材協力していたことがエンド・クレジットで分かるそうです。

 しかしながら内閣官房長官経験者に取材したのが、よりによって民進党の枝野幸男幹事長だったとは、一気に官邸の描写に不安が、いや、米大統領特使役にはとても見えない石原さとみのおかしな感じは、そのせいかなどと考えてしまいました。

 とはいえ阿比留氏が指摘される通り、プロットだけでも現行憲法(占領憲法)下の日本政治が未曽有の危機、巨大不明生物の出現にどう対峙するかをリアルに描こうとしているのが分かります。恐らく首相官邸を捨てざるを得なくなった内閣が立川広域防災基地へ移動するという設定は、本作が初めてのはずです。

 東宝はこれまで、多くの架空の内閣を描いてきました。例えば新旧の『日本沈没』では、首相をそれぞれ丹波哲郎と石坂浩二が演じ、『地震列島』では佐分利信、昭和五十九年の『ゴジラ』では小林桂樹が登場し、米ソ冷戦下でゴジラによって破壊されたソビエト連邦(露国)海軍原子力潜水艦の対応などに苦慮します。

 この時のアドヴァイザーが田原総一朗氏だったためか、官邸の一連の描写が「あくまでファンタジー」であり、大蔵相(財務相)に小澤栄太郎、外相に鈴木瑞穂、官房長官が内藤武敏、防衛庁長官に織本順吉といった重厚なキャスティングだったにもかかわらず、閣議の場面など微妙に滑稽な部分がありました。

 実はゴジラについて、私は平成二十二年七月二十七日記事自然祭祀との関係を述べ、最後に「畏怖すべき存在を理解しなければゴジラの原点回帰はない」と申しています。

 東日本大震災があり、昨夏の安全保障関連諸法に関する珍騒動があり、たまさか今上陛下の玉音放送を二度も賜るという事態にあり、ついにゴジラへの「畏れ」が帰ってきたのです。

 故・田中友幸プロデューサーは、ゴジラを「反戦非核」から生み出しました。その実現のため、本作のコピーにある「ゴジラとニッポンの対決」がいかなるものになるか、私たちは空想の世界から多くを学び取ることになるのでしょう。

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『政府はどうゴジラを倒すか』に2件のコメント

  1. きよしこ:

    『シン・ゴジラ』観たいのですが、近所に映画館がないのと、人がたくさんいる映画館での鑑賞が苦手なので、もう少し待とうかなと思います。今週末はどこの映画館も混雑するでしょうね。またそうこうしている間に中共の侵略が「いよいよヤバい」ところまで迫ってくるのでしょう。本当は五輪どころではないのですが・・・このままでは、次回の夏季五輪はもしかすると「東京」ではなくなってしまうかもしれませんね。

  2. 心配性:

    ブッシュ前大統領によると、自然を崇拝したり、先祖を拝んだりする日本の土着信仰は、「あまりにも狂信的」なので、戦後「廃止すべきとの意見が根強くあった」そうですから。

    フランスの通信社によると、伊勢神宮は「ナショナリズム」と結びつきやすい国家主義的な宗教施設なので、各国の指導者を招くにはふさわしくないそうですから。

    我が家は仏教の浄土宗ですが、散々十字軍の遠征やら魔女狩りやらで流血を招き、第二次大戦後も中東等を舞台に、大義が有ろうが無かろうが、女性や子どもなど一般市民を大量に殺して来た人々に、日本の文化や宗教に関して、上から目線で言われたくないと強く思いました。

    私たち日本人は、フランス人やアメリカ人よりも、東南アジアや中国西南部で土着の精霊信仰を続けている少数民族の方々の方が、根本的な部分で話が通じるかも知れないとも思いました。