また解釈改憲の出番です…

皇紀2674年(平成26年)2月7日

 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/140205/plc140205……
 ▲産經新聞:集団的自衛権 首相「憲法解釈変更で可能」

 安倍晋三首相 五日 参議院予算委員会

 「(集団的自衛権の行使容認は)政府の判断で、新しい憲法解釈を明らかにすることで可能となり、憲法改正は必ずしも必要ない」

 「日本は、今まで物静かに礼儀正しくという考え方で対応してきたが、(中韓の)実態がこうなってきている以上、私たちの主張が正しい、とそれぞれの国に伝えなければいけない。効果的に戦略的に発信していく」

 安倍首相は、消費税率の引き上げ後の経済対策を優先しており、実は報道各社が煽っているほど憲法問題への取り組みを急いでいません。あくまでも情報の一つですが。

 ただ、自衛権行使の問題で「解釈改憲」のいわば「誤魔化し」を重ねていて、外交で大きな力を発揮出来るでしょうか。特に中共は、常に見極めています。

 ご意見のある方は、簡単且つ丁寧な文書にして自由民主党へ送りましょう。

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『また解釈改憲の出番です…』に1件のコメント

  1. きよしこ:

    つい先日もコメントさせていたしましたが、間も開かないうちに2度目のコメントをさせていただきます。
    これまでの形式での投稿をおやめになることは残念ではありますが、先生の決意・ご決断を支持致します。昨年末からこのブログを最初の記事から参照し、ようやく東日本大震災当日の記事を読み終えた矢先に今回のようなご決断をされたので驚きましたが、先生が「休止」を宣言された後に投稿された読者の皆様からのコメントを拝見して、このような事態になるのも必然だったのかなと思いました。

    というのも率直に申し上げますが、遠藤先生がどれほど多くの犠牲を払われ、偏見や誤解や葛藤と戦いながら悲痛な思いを抱えながらも時に命懸けで政治活動を行われているかを最も理解していないのは毎日ブログを見ている(だけで結局理解はしていない)読者の皆様ではありませんか?どうして先生が「暫くの間休みます」と仰っているのに「一日も早く再開してください」「やめないでください」などとおこがましく注文をつけるのでしょうか。一つの「進言」への対抗策としての「要求」ならば本末転倒厚顔無恥も甚だしいです。

    先生はどんなに無機質で心無いコメントに対しても誠実に丁寧に理性的に、まさに日本人が2600年以上の長きにわたり脈々と受け継いできた「国體」を体現するようにして接してこられました。毎日の記事にしても私たちに「日本」の素晴らしさとそれを断固として守りぬくことの大切さ、そして今の日本がいかに危機的状況であるかを、誰よりも豊かな文章力と表現力、そして何よりどんな困難にも屈することなく多くの読者と国家意識を共有し高め合おうという悲壮なまでの決意と覚悟で発信し続けて下さったのです。祝祭日も年末年始も関係なく365日ですよ!「このブログが毎日の楽しみ」とのコメントも散見されますが、先生が私たちを「楽しませる」ためにブログを書かれているわけでも、数多の芸能人が自己アピールと仕事の宣伝のために片手間でやっているブログと一緒にすべきでないことも明白ではありませんか。なのにどうして読者の皆様はこの期に及んで先生ではなく「自分」を主語に置きたがるのでしょう。結局はこれこそが戦後占領体制の中で着実に日本を蝕んできた幼稚極まりない「国民主権」の成れの果てなのだと思います。

    自分たちで考え、葛藤し、時に先生と共に心を痛めることもせず、いざ先生が「休止」を宣言すると必死になってそれを食い止める様は、天皇陛下を国家元首に頂きながら陛下のお気持ちを想像したりそれに応えたりすることもせず自分たちの都合のいいように陛下や皇室を利用し、中共や左翼勢力により「皇室の解体」が水面下で着々と行われながらもその様子をじっと眺めているか無関心を貫く臣民の姿そのものです。

    「他に読む価値のあるブログなんかない」と嘆く貴方に「自分でメッセージを発信しよう」という発想はないのでしょうか?それとも貴方は先生のお友達か恩師かご家族、もしくは顔馴染みの「お客様」ですか?例の「進言」を行った方に罵声を浴びせている貴殿は、先生に傅きながらもその行いが先生ご自身をこの上なく貶めていることに気がついていますか?おそらく確信犯でしょうが。

    最後に先生へ
    繰り返しになってしまいますが、盆暮れ正月一切関係なく規則正しく、しかも内容と密度の濃い記事をお書きになり、記事の内容や表現に不足や漏れなどがあればこちらが申し訳なるくらいにお詫びをされる先生のお姿は、まさしく文章力も表現力も乏しい私にとっては享楽的民主主義・唯物的資本主義に溺れた現代に、志半ばで亡くなられた先人たちが遺された「涙」と「祈り」と「愛」そのものでした。これこそ生意気な「要求」になるかもしれませんが、先生が続けたいなら好きなだけ続け、辞めたいならいつでも辞め、再開したければいつでも再開すればいいと思います。どのご決断も我々を無責任な臣民にするものではないとお約束します。

    先生は未熟な私たちに対し本当に優しく接して下さりました。その愛情の深さに言葉では表現できない様々な思いがこみ上げてきます。ただここ最近は寒い日が続く中で、どうしても「先生は体調を崩されていないか」ということはいつも心配しておりました。その矢先に「休止」の決断を目にして、誤解を承知で言えば少しだけほっとしたのです。これで少しは先生の負担も和らぐのかな、と。読者の皆様も先生の志ばかりに頼るのではなく自ら考え行動を起こすようになるのではないか、と。

    多くの読者の皆様と同じように私も先生の記事を拝見して日本が宮中祭祀を中心に据えた「祈りの国」であることを初めて知り、改めて日本に生を受けたことを誇りに思い、国體の堅持と発展を固く心に誓いました。これまでの先生の絶え間ない誠実な活動と私たちへの叱咤激励に心から敬意と感謝を表します。本当にありがとうございました。これからも先生のご健勝とご多幸を心からお祈り申し上げます。