ダンサー・イン・ザ・ダーク

皇紀2670年(平成22年)5月12日

 私の好きな映画のひとつに、平成12年製作・公開の丁抹(デンマーク)映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』があります。カンヌ国際映画祭では、この前作『奇跡の海』がグランプリを、そして本作でパルムドール(最高映画賞)を受賞したラース・フォン・トリアー監督の作品です。

 しかし、米国映画にありがちな予定調和的ハッピーエンドを必ずしも好まない日本人の中にさえ、本作のあまりに暗く、一切の救いがない終わり方には否定的な批評も多く存在しました。

 先天性の病気で視力を失いつつある主人公セルマ(ビョーク)は、貧しいながらも工場ではたらくことを楽しんでいましたが、或る日ついに失明した上に、それを隠してはたらいていたところ、機械を壊して解雇されてしまいます。挙げ句、彼女の病気を遺伝した息子の手術費用に貯めていたお金を隣人の警察官ビル(『グリーン・マイル』などのデヴィッド・モース)に盗まれ、彼に「俺を殺してくれ」と言われて銃を掴まされるがままに発砲、彼は死んでしまいます。

 セルマは逮捕され、殺人罪で起訴されてしまうも、どうしてもお金を息子のために残したい彼女は、自らのために弁護士を雇うこともなく、良き隣人だったビルが浪費癖の妻に悩んで一旦はお金を盗んだことも、皆が日頃よりお世話になっていた人たちだったからこそ隠し、そのまま死刑にされてしまうのでした。

 私には、彼女の想いが痛いほどよく分かります。結局「息子を守り抜いたセルマは勝ったのだ」と思えば、決して一切の救いがないわけではありません。

 わが国には祖先祭祀という考え方があり、それを司っておられるのが天皇陛下なのですが、これであれば生命の継承のために自らの生命をも犠牲にするという本能の行為が救われます。凄惨な戦場に於いて、子を守ろうと抱きかかえたまま亡くなっている母親のご遺体などを写真などで見たことがありますが、これは人間の「本能」でしか説明のつかない行為だと言えましょう。

 主としていわゆる米国的価値観で言えば、本当に本作には一切の救いがありません。ところが日本本来の価値観で見ると、セルマの選択は愚かでも敗北でも何でもないのです。米国映画へのアンチテーゼを掲げてきたトリアー監督は、特に祭祀を意識したわけではないでしょうが、極めて本能的にこの展開へと行き着いたように思います。

 とはいえ、本作の最も悲しいところは、最大の理解者だった友人キャシー(カトリーヌ・ドヌーヴ)でさえ、彼女の無実を完全には信じておらず、情状酌量の余地があるのだと叫び続けていたことでしょう。同じく彼女の死刑執行に疑問をもった看守ブレンダ(『メン・イン・ブラック』などのシオバン・ファロン)も、立場上ただ涙でセルマの死を見守るしかありません。

 http://www.asahi.com/national/update/0429/SEB201004290057.html

 ▲朝日新聞:たばこポイ捨て注意で口論 女性殴った容疑、公務員逮捕

 日本のこのような事件報道はどこまで正確か分かったものではありませんから何とも言えませんが、仮にもたばこのポイ捨てを注意し、逆ギレされても注意し続けた男性は立派だったと思います。それでも、振り払った手が女性の顔に当たり、逆ギレ状態の女性が被害を訴えれば傷害容疑で逮捕されてしまうのです。

 こうした世の不条理を描いてトリアー監督は秀逸だったと思います。ほぼドグマ95(映画製作に於ける「純血の誓い」とも言われるルール)で撮影された効果はともかく、音楽を愛するセルマの空想として登場するミュージカル場面の構成も見事でした。今一度、日本本来の価値観で本作を見直していただけると、セルマが失った光をあなたが見ることになると思います

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『ダンサー・イン・ザ・ダーク』に4件のコメント

  1. souhei:

    ダンサー・イン・ザ・ダークがお好きだとは、意外でした。あの映画はビョーク演じるセルマのミュージカルのシーンが人間として生きるには、ただ安全とか水とか食料とかそういう唯物的で現実的なものだけで人は生きていける訳がないという事を伝えてるような気がします。ある特定の局面における自己犠牲の精神の尊さを見せてくれた映画でした。悲痛なラストシーンでしたが、あの映画を見て何故か生きていく元気や勇気を貰えたと10年前に感じた理由がなんとなくわかってきました。

  2. ドグマ:

    >それでも、振り払った手が女性の顔に当たり、逆ギレ状態の女性が被害を訴えれば傷害容疑で逮捕されてしまうのです。それはお前の推論であって事実じゃないだろう。公務員の男は、女を殴ったとして逮捕されたという事実を無視すんなよ。女を注意した行為は確かに偉い。だからといって、女を殴ってしまったという行為が帳消しになる分けじゃないんだから。法律を破る女を注意した結果、自分が法律を破るなんてアホすぎますわ。そこらへんごっちゃにして、男側を持ち上げてしまうと変な話になるぞ。気をつけた方がいいぞ。

  3. knnjapan:

     「それはお前の推論であって事実じゃないだろう」も、あなたの推論ですね。私は「仮にも」と、公務員の男性の主張から推論であることをおことわりして述べましたが、あなたも「だろう」と推論であることをことわっておられるのですから、何の文句がおありですか? 文句をつけたいだけで出没していると、気をつけたほうがいいですよ。

  4. 田中:

    ドグマとかいうアホの存在が世の不条理をいみじくも証明してるね映画の見方も変わるが、日本の保守とは何かがよく分かる左翼やニセ右翼の嫌がらせなど気にせず頑張って欲しい