「何でできないの?」だらけ省と党

皇紀2686年(令和8年)3月11日

 本日で平成二十三年三月十一日に発生した東日本大震災(東北地方太平洋沖地震および東京電力福島第一原子力発電所事故)から十五年の節目を迎えました。あの日の衝撃的経験は、私の人生で同七年一月十七日の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)に次ぐもので、決して忘れることができません。

 私の親しい独国の友人と、スマトラ島沖地震(同十六年十二月二十六日)に伴う印洋大津波を経験したタイ王国(泰国)の友人が揃って「先進国の日本で、あれほどいとも簡単に津波で街が流されるとは思わなかった」と言いましたが、両大震災の発生時、それぞれ村山政権と菅直人政権といういわゆる「左翼政権」だったことが現行憲法(占領憲法絶対護持の「自立再生を拒絶する思想」によって復興を難しくしたのも、大惨事に輪をかけました。

 やはり憲法は「自主憲法」でなくては、国家も国民も自立再生できません。大日本帝國憲法(自主憲法)下で大正十二年九月一日に発生した関東大震災の復興が迅速を極めたのは、もはや申すまでもなく、そのわずか二十二年後に再び帝都東京が米民主党の日本人大虐殺(大空襲)で焦土と化しますが、その復興も、先人たちがまだどうにか自立再生力を発揮できたためでした。

 十五年の月日を経て今なお東北の街が元に戻らないのは、三十一年後の神戸市が未だ元に戻りきっていないことから、占領憲法を「憲法」と信じて疑わない私たち国民の無思考、無批判、無気力による自業自得なのかもしれない、と思えば被災されたすべての方がたに何と申せばよいか、ついぞ一切の言葉を失ってしまうのです。

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 ところで、昨日記事を配信したのち、もう一つ聞いた話を思い出したのは、高市早苗首相がよくあちこちに「何で駄目なの?」或いは「何ででけへん(できない)の?」と言う、という話です。こちら(週刊新潮|新潮社)の記事の表題が目に入って思い出しました。

 新潮は、単に高市首相の「パワーハラスメント気味なさま」を私たち国民に印象づけようとしているに過ぎませんが、ここで出てくる「何で駄目なの案件」というのは、実は本当の話です。しかし、それは決して総選挙大勝後の傲慢を表すものではありません。

 昨日申した「高市内閣から目の輝きが失せた」理由の一つは、何かを進めようとしても「できない理由」ばかり並べ立てる省庁にも自民党にも、高市首相が理不尽を感じて苛立っているからでしょう。それを受けて閣僚たちも落ち着かないようです。

 昔から「内閣総理大臣だからといって何でもできると思ったら大間違い」とは聞かされてきましたが、いざなってみると、前首相のように「なりたかっただけ」の木偶の坊と違い、やろうとすればするほどできない現実にぶち当たり、政策の進め方がおかしくなり始めています。社会保障国民会議も、高市首相が想定したものとはまるで違う姿になってしまいました。

 このようなことになっているのも高市内閣がいよいよ本格始動した証拠ではあるのですが、このままでは本当にまずいことになります。せめて自民党には「党を挙げて全力で支えろよ」と言いたいのですが、前首相一派まで当選してしまったがためにそれすら難しいようです。

小泉防衛相「国防に関わることは対外的に明かせない」 熊本での長距離ミサイル配備で

小泉進次郎防衛相は10日の記者会見で、長射程ミサイル発射機などの陸上自衛隊健軍駐屯地(熊本市)への搬入を巡り、地元自治体に事前の説明がなかったことについて「国…

(産經新聞社:産経ニュース)

 そこで私たち国民が、私たち国民の選んだ高市内閣とどう向き合っていくか、に懸かっています。国家国民を守るために「反撃能力」を手にせざるを得ないわが国の現状を正しく理解し、防衛機密の基本くらいは頭に入れておくことです。

 中共(支那)や北韓(北朝鮮)がわが国や他の亜州各国に核武装を含む好戦的態度をとらなければ、ともすれば長射程弾道弾「十二式地対艦誘導弾能力向上型」の発射機など必要なかったかもしれません。

 理解力も判断力もない一部の愚かな国民(外国籍の者がいるかもしれませんが)が陸上自衛隊健軍駐屯地(熊本市東区)の正門前で莫迦騒ぎを起こすようでは、高市内閣が政策を練り上げようとしても空回りを続けるでしょう。今ほど私たち国民の「正気」が政治を動かす好機はありません。

 仮にも防衛省から熊本県知事に事前通告をすれば、国防事案では知事に拒否権がないため首を縦に振る以外の選択肢などなく、前出の愚かな一部の者たちに「なぜ受け入れた?」と知事が責められてしまいます。小泉進次郎防衛相が事前に一切漏らさなかったのは、熊本県庁を守るためでもあるのです。

 ことほど左様に簡単なことも理解できず、自治体に事前連絡がなかったことを騒ぎ立てる知力のなさは、それを煽る行為でわが国の弱体化を進行させるために違いありません。自立再生を目指す私たち国民は、決してこのような政治工作に騙されてはならないのです。 

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