統一はダメで創価はいい?
英国のギャラクシー・マリタイムから日本郵船が用船(チャーター)したにすぎない自動車輸送船「ギャラクシー・リーダー(バハマ船籍)」の拿捕事件。トルコ(土国)からインド(印国)へ向け、積み荷もなく航行中でした。このような場合はほとんどそうですが、乗組員(二十五名)にも日本人は一人もいません。
イエメン北部のアンサール・アッラー(回教シーア派の分派・ザイド派のフーシ)は、これをわが国の船とは認識しておらず、前述の英企業がイスラエル系のレイ・カーキャリアーズ・グループに属しているため「イスラエルの船だ」と主張しています。
それでもわが国政府が解放交渉をするなら、イラン(義国)だけで十分です。フーシが義国に配慮してイスラエルの「所有物」を攻撃したのですから。
しかし、海難に於ける一義的責任は、まず船主が担うものであり、わが国が無駄な労力を費やす必要はほぼありません。こうなったらレイに全て負わせればよいのです。
米民主党のジョー・バイデン大統領が起こしたウクライナ侵攻とパレスチナ侵攻による地政学的危険性の増加により、これでさらに船舶保険料が上がるでしょう。ただでさえ燃料費が高騰している中、またわが国の物価に影響が出るかもしれません。
近頃は人が亡くなり、荼毘に付すべく火葬場を訪れると燃油特別付加料を取られます。つい「飛行機に乗るわけでもあるまいに」と思ってしまいますが、世知辛い世の中です。
さて、十九日記事で取り上げた件ですが、岸田文雄首相のみならず立憲民主党の泉健太代表や日本維新の会の馬場伸幸代表までもがカルトに事実上宛てて追悼文を公表するとは、一体何ごとでしょうか。
ならば統一教会(世界平和統一家庭連合)の「既に死んだ旦那と共に信者のカネで醜く肥え太った老婆」が死んでも追悼文を掲載するのでしょうか。行政も立法も、それでよいのですね?
ほら見たことか、と。創価学会政治工作部の公明党が与党であることを理由に「池田はOK。鶴子はNG」と言うなら、統一を宗教法人法の解散命令のみならず財産保全の対象にして潰さなければならない法的整合性が図れなくなります。
統一も創価もカルトです。創価の創立記念日に「死んだ」ことにされた池田大作(太作)氏を行政権力の長が追悼したことは、統一が日米の政治に入り込んだ理由を自民党総裁として明かしたようなものでしょう。
国際外交の儀礼上、今や世界唯一の皇帝たる天皇陛下に次ぐローマ教皇(法王)の話を持ち出して弁解できることではありません。内閣官房が考えついた言い訳でしょうが、的外れにも程があります。
統一とわが国政界との関係は、決して自民党に留まりません。立民の枝野幸男前代表らも「利用」されていました。今回の件については、岸田首相の認識を厳しく問い、立民や維新にも「どういうつもりか」と追及しなければなりません。
出鱈目な政教分離の議論ではなく、わが国は「カルトを野放しにするのか」という問題を詰めねばならないのです。