日弁連は極左活動をやめろ

皇紀2682年(令和4年)7月27日

秋葉原殺傷、日弁連「死刑執行に強く抗議」 早急な死刑廃止求める

日弁連(小林元治会長)は7月26日、2008年の秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大死刑囚の死刑が同日午前に執行されたことについて、強く抗議する会長声明を公表した。声明は冒頭で、事件について決して許…

(弁護士ドットコム)

 平成二十年六月八日、東京都千代田区外神田(秋葉原)で、トラックが赤信号を無視して交差点に突入し、通行人五人を次つぎとはねた上、降車してさらに通行人や警察官ら十七人をダガーナイフで刺した結果、七人を殺害、十人に重軽傷を負わせた加藤智大死刑囚の刑が昨日午前、執行されました。

 これを現行犯逮捕したのは、加藤元死刑囚が目を合わせて刺しにいった警視庁万世橋署地域課の荻野尚巡査部長です。一歩間違えれば彼もまた、重軽傷を負わされた別の同署警部補と同じ運命を辿ったかもしれません。

 また、萩野巡査部長に協力したのは、非番だったにもかかわらず現場に居合わせた責任感からか、蔵前署地域課の清水真巡査長でした。数多警察官の使命感には、改めて感謝申し上げるほかありません。

 死刑執行の報道に触れる時、私たち国民が最も大切なのは、その死刑囚が何をしたのか、どのように逮捕・起訴され、死刑が確定したのかを再確認することです。

 そして、死刑囚を生むような事件が二度と起こらないよう願うことでしょう。

 それは極めて難しいことなのですが、私たちのそうした意識は、たとえ一人が起こしかねなかった一つの犯罪でも未然に防げるかもしれません。

 私たちが古来より、殺人罪を最も重く処罰してきたのは、自分が他人にされて最も嫌なことだからです。刑法とは、そのようにして作られています。

 日本弁護士連合会(日弁連)は、これまでも一貫して死刑を「基本的人権の核をなす生命に対する権利を国が剥奪する」などと規定する前に、まず「加藤元死刑囚が七人もの生命に対する権利を剥奪した」事実に向きあってください。

 弁護士として、弁護活動に於いて依頼人の利益を守る(極刑を回避する)のは当然の責務ですが、結審して刑が執行されれば、最も基本である生命の尊重に基づいて発言しなければいけません。

 まして弁護士にとって弁護士会は、絶対に加入しなければ業務を遂行できない組織である以上、特定の思想活動を勝手に表明してはならないのです。弁護士の総意ではないものを一方的且つ組織的議決する行為は、弁護士個人の思想・言論の自由を著しく侵害しています。

 それが弁護士のすることですか? 法曹の者として恥を知りなさい。

 私たち国民の司法に対する激しい不信を喚起しています。それは、非常に危険な国の姿であり、不公正・不公平そのものです。

 死刑を廃止した欧州各国のように、警察にその場で犯人を射殺することを認めるか、わが国のように、出来る限り生きたまま犯人を確保し、法の裁きを受けさせることを重視するか、二つに一つでしょう。

 今回の死刑執行に対し、自民党と統一教会(世界平和統一家庭連合)の関係を指弾する報道を「薄める」目的があったのでは、といった「陰謀論」に興じる声が必ず極左活動家から上がりますが、この報道で悪辣な統一教会指弾の声が消えるとは全く思いません。

 この種の陰謀論が大好きな「日弁連的極左」連中に限って、武漢ウイルス(新型コロナウイルス)の恐怖扇動にも余念がなく、緊急事態宣言の発出を強く求めて政府を非難、ワクチンに「効果がない」と指摘する声のほうを「陰謀論」と断じるのは、やはり経済活動を止めてわが国を弱体化させる工作目標でもあるのでしょう。

 加藤元死刑囚の冤罪を匂わせるように、衆人環視の現行犯だったにもかかわらず「返り血を浴びていない」だの「単独犯なわけがない」だのと陰謀論を書き連ねてきた人たちがいたのも、その本人が知ってか知らずか日弁連的極左工作にはまった顛末です。

 何と申しても「国葬上めろ」ですから。

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『日弁連は極左活動をやめろ』に3件のコメント

  1. カリンパパ:

    全部が全部賛同できないものの、いつも勉強させて頂いております。

    左翼が権力を握る過程で法律を都合の良いように解釈していくのは常道の様な気がします。

    『統計学を拓いた異才たち』政治的殺人より
    グンベルにはそのような公衆の面前で暴行を受け、殺された一人の友人がいた。その殺人事件には多くの目撃者がいて、犯人を特定できそうだった。しかし、裁判所は証拠不十分として事件に関与したナチス突撃隊員を無罪にした。(中略)司法省がすでにナチスによって転覆され、多くの判事がナチスのシンパかナチスの手先となっているという結論に達した。

    今、安倍元総理大臣の件で、左の方々が躍起になって宗教と政治の問題に話をすり替えようとしています。我々は論点を見失わず、テロはテロとして判決を下すべきです。政治と宗教の話は、分けて解決すべき問題です。どうせ決着は付かないでしょうが。

  2. 自由貿易反対:

    死刑を廃止している国は凶悪犯は現場で射殺ですよね。死刑廃止を要求するなら現場射殺も認めないとバランスが悪い。警官が銃を握っただけで「ケイサツガー」の国では死刑があって良いと思います。

  3. sana:

    少し話がずれるのですが・・・
    嘗て臺灣に行ったとき、臺灣のかたがこの秋葉原大量殺人事件について呆れていました。

    大の男が大勢いたにもかかわらず、みないっせいに蜘蛛の子を散らすように逃げた。
    いったい、日本人はどうしちゃったのか・・・。

    戦前の日本男児なら絶対ありえなかった、ということですね。