和歌山市の断水騒動と今後
わが街のことなので申すわけではないのですが、和歌山市は「よく決断した」と私は思っています。JR和歌山駅東側(鳴神周辺)の昭和三十七年に埋設された水道管に漏水が見つかったため、急遽三日間の断水を決定するに至るは、本来行政側の困惑と躊躇があったはずなのですが、それを振り切った結果として、いざ工事に取り掛かってみれば長時間の断水を必要としなかった、と。
もし最悪の場合を想定しますと、三日間と告知したものが「最低でも五日はかかる」「いや、一週間の断水になります」となるほうが、よほど市民生活に多大な混乱を及ぼすでしょう。実際には、半日以下(日曜日夜間のみ)の断水で済みました。
むろん産經新聞社記事が伝えるような市民の困惑、或いは憤りがあったことは認めます。思わず「なんやねん」「どないしてくれんねん」といいたくもなりました。
しかし、わが国の社会基盤(インフラストラクチャー)の多くが、既に老朽化してしまっているのです。或る時どこかで、行政がこのような思い切った決断をして修繕していかなければ、突然水道管やガス管が破裂して大事故に繋がります。
そもそも断水を決断したことも、短時間の断水で済むことを発表したことも、私は決して間違っていたとは思いません。これを妙な教訓にして、他の地方自治体が「和歌山市みたいになってはいけない」と修繕を躊躇したり、市民に情報を隠蔽するほうがよほどまずいのです。
水は、私たちにとってまさに「命」であり、身を清めるにも欠かせません。ゆえに水道法改正(コンセッション方式導入)に不安を抱いたのも事実であり、やはり公の行政が責任をもって対処しようとしたことを、いたずらに非難するような、或いはそうした声を扇動するような報道には違和感があります。
私たち国民は、今回和歌山市で起きたことが今後あちこちで起きることを覚悟しておかねばならないのです。
皇紀2680年(令和2年)1月21日 12:15 PM
一昨日あたりにNHKかTBSの番組で取り上げていましたね。私はテレビのある隣の部屋で音声だけ聞いていたのですが、市民の声も憤りというよりは「まあ大変」といった戸惑いに近いものが多く感じられました。
しかし、施設の劣化による断水はいつ発生するか分からず、またひとたび発生すれば到底三日間の断水では済まされないうえに、住民の不満も破裂した水道管のように行政に向けて爆発するわけで修復工事は早いに越したことはありません。住民への説明も担当者が誠意をもって行えば必ず伝わります。
嘘ばかり喧伝して市民生活を混乱させるのが生業の報道権力には理解できないことでしょうが、きちんとした事実の説明さえ受けられれば、むしろ大規模なインフラ整備は住民に歓迎されるものなのです。