ダムできてれば…じゃない
http://www.yomiuri.co.jp/national/20140821-OYT1T50138.html
▲讀賣新聞:「ダムできていれば…」広島の災害地区で建設中
広島市安佐北・南区で発生した土砂災害で、亡くなられた方に衷心よりお悔やみを申し上げ、行方不明のご家族ご友人の無事を祈るすべての方にお見舞いを申し上げます。
このような自然災害が起きますと、報道各社は(新聞社も放送局も)必ず行政の不備や対応のまずさを指摘しますが、行政に国民の安全を守る責任があることを前提としても、その行政に向かって「こんなところにこんなものが必要か?」「税金の無駄遣いだ」などと徹底非難を繰り広げ、速やかな対策の執行を妨げてきたではありませんか。
広島県内には、花崗岩が風化してできた「まさ土」が広がり、土砂災害の多い地方の一つです。そこで、砂防堰堤(砂防ダム)の建設が急がれていたわけですが、「コンクリートから人へ」の民主党政権が約三年も続いてしまったため、各地で計画が頓挫しています。
確かに行政側にもおかしな点があり、一度決定すれば後戻りをほぼ許さないため、いわゆる「ゴーサイン」を出したにしても中止したにしても、ほとんど見直されません。まして、一部の政治家と官僚の利権に絡んだ案件だけは、どれほど反対の声があっても計画を推進してしまいます。
そのような疑心暗鬼の中、国民の安全を守るための財政出動や自衛隊の出動を否定しまくるのが、今日のわが国の報道なのです。
災害発生時に限ってしたり顔で「ダムがほしかった」はないでしょう。
しかし、今回のことは堰堤建設の問題ではありません。以前にも指摘しましたが、わが国の都市開発に致命的な問題があります。
地方に至り、山の裾野にまで住宅地を「外へ、外へ」と広げてきた都市開発は、わざわざ自然災害を呼び寄せ、行政サーヴィスが行き届きにくい環境を作ってしまいました。これとは逆の発想が「コンパクト・シティ化」です。
自然発生的人口減少が予想される中、安易で酷い「人間の輸入(移民政策)」に奔る前に、まず私たちはもう一度わが国土について、見直すべき時がきています。