意見は組織化されたテロ?

皇紀2679年(令和元年)8月19日

 令和二年に開催されることになっている夏季五輪東京大会会場の一つであるお台場海浜公園のトライアスロン・スイムコースで十七日、テスト大会を兼ねたパラ・トライアスロンの世界杯が中止になりました。最悪レヴェルの水質を記録してしまったからです。

 十一日に開かれたオープン・ウォーター水泳(OWS)大会でも、選手たちから「トイレみたいな臭いがする」との声が上がっていた同会場の水質は、雨が降れば河川から汚水が流れ込み、滞留してしまうことによって簡単に悪化してしまうとの指摘が以前からありました。

 豊洲市場開場直前になって土壌汚染の問題をいい出した東京都の小池百合子知事は、なぜこの会場の水質問題には何ら対策を講じるよう指示しなかったのでしょうか。無能にも程があります。

 私は子供のころから父のおかげで水泳教室に通わせてもらっていたので、こんな汚い水の中を泳がなくてはいけないのかと想像しただけで吐き気がします。

 晴天になってやっと水質が改善(?)するというような不安定な会場で、世界中のトライアスリートたちを泳がせる気でしょうか。そもそもわが国の海水がこの程度であることを、祭祀の国の私たちは恥じるべきです。

津田大介氏、あいちトリエンナーレ問題を語る。「組織化されたテロ行為」「展示再開はハードル高い」

今回の騒動で明らかになったのは、電凸(電話をかけて組織としての見解を問いただす行為)による被害の大きさ、そしてその実態を伝えることの難しさだった、と討論では語られた。電凸による被害の経緯はこうだ。まず「少女像」を含む展示作品リストが…

(Business Insider Japan)

 さて、天皇陛下の御尊顔が燃やされ踏みつけられる動画を「芸術」であるかのごとく扱って平然としている祭祀の欠片も知らない津田大介氏は、まだ自分が何をしでかしたのか全く理解できていないようです。展示内容が対日ヘイトスピーチ(日本人憎悪差別)だったことに著しい疑問を抱いた人びとが電話などで意見したことを「組織化されたテロ」と断じています。

 むろん中には、極めて暴力的な表現を用いて抗議した残念な人もいて、刑事事件に発展したケースもありましたが、津田氏はまるでそれが全てだったかのように話しており、対応に当たった事務局の職員たちを苦しめた責任も自分にあることをまるで感じていません。

 愛知県の大村秀章知事も、企画アドバイザーの東浩紀氏(既に辞任)も責任を取らない中、芸術監督までもがこの無責任ぶりを披露して恥じないとは、これでは私たちが「明らかなヘイトにも沈黙しなければならなかった」とでもいうのでしょうか。ヘイトは「言論の自由とはいえない」と語っていた人物とはとても思えません。偽善もいいところです。

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『意見は組織化されたテロ?』に3件のコメント

  1. 日本女性:

    都知事当選早々、ボート競技会場の見直しでIOCやJOC、関係自治体を巻き込んだ茶番劇を繰り広げ、結局は元の木阿弥になった・・あれだけさんざん引っかき回したんだから、水質について配慮する時間があったはず。オリンピックの経費を節減したと自慢タラタラでしたが、なんのことはないボート競技会場の屋根を半分削っただけで、炎天下で暑くて見ていられないそうです。一事が万事、この体たらく。

    ボート競技会場の見直しは無能知事に任命された上山信一教授が指示したようですが、あいちトリエンナーレの検証委員会の副座長に任命された上山氏、どんだけ実態に迫れるのか、疑問です。

  2. きよしこ:

    ずっと前から言われていたことですが、小池氏が都知事になって東京にとってプラスの成果が何か一つでもあったでしょうか?意味不明な「煙草狩り」もさることながら、やはり「築地は殺し、豊洲も殺す」ことになった移設延期はメディアがまともに報じないので矮小化されっぱなしですが物騒な表現を用いれば、まさに「万死に値する」所業でしょう。どうせこのことで各方面から追及を受けても責任を取るどころか「私は騙された側の人間だ」と涙を流すフリでもしてみせるのでしょう。精神構造がまさに「トリエンナーレ3馬鹿トリオ」と同じなのです。こんな時こそ「小池都政を、ぶっ壊す!」と意気込んでくれる人でも現れてくれればよいのですが期待するだけ無駄なのでしょうか。どこもかしこも稚拙きわまりない「責任転嫁物」だらけでウンザリします。

  3. 心配性@我は蛮夷なり:

    韓国の「慰安婦像」(別名少女像)は、政治活動家らが韓国国内や世界各地に設置して回って問題になっていますので、「芸術」というよりは「政治運動」だと思っています。

    ところで、(日本に限らず)マスコミは、「捏造歪曲報道」や「冤罪報道」による”被害者の山”を築けるだけ築いておきながら、基本的にあまり反省しませんね。
    少しでも「事実誤認」を指摘しようものなら、ムキになって「報道の自由」を主張しますが、「報道の自由」とは、「捏造」や「人権無視」の自由ではないはずです。
    日本のメディアに関しては、かつて自らが関わった「関東大震災」や「松本サリン事件」の教訓もあまり活かされていないように思います。
    韓国のマスコミは、これに輪をかけて無責任。