おいしい食べものたち 1
■おいしいスコーンの食べ方
日本人にはおよそ深い縁などない食べものです。日本ケンタッキー・フライド・チキンが「ビスケット」というスコーンによく似た商品を販売し始めた頃、そのパサパサした食感にメイプルシロップが合わず、私はすっかり戸惑ってしまいました。現在発売中の商品は、この問題を生地の改良によって解決しています。
ところが先日、欧州・墺国(オーストリア)の友人とアフタヌーン・ティーを愉しみ、実に興味深いことを聞きました。日本人はこの縁遠い食べものを、お洒落だ何だと言って我が身に引き寄せておきながら、まったく無理解のまま食していたことにハタと気づいたのです。
もう10年ほど前になりましょうか、私が初めてアフタヌーン・ティーをいただいたのは、ザ・ペニンシュラ香港の有名な「ザ・ロビー」ででしたが、何やら恥ずかしい食べ方をしていたに違いありません。
まず、スコーンにハチミツやメイプルシロップをかけて食べるのは言語道断であるらしい。
そもそもアフタヌーン・ティーの文化が確立されたのは、日本で言えば天保8年から明治34年まで在位した英国王室ヴィクトリア女王の頃と言われていますが、その気品あふれる社交界の歴史を勘違いして、スコーンはナイフとフォークでいただくものと思っていたら大間違いなのです。
意外にも手で食べるのが本式であり、垂れて食べにくいシロップの類いは決してかけないといいます。ジャムの類いも、あくまで味の変化を愉しむ「2番手」に過ぎません。
最もスコーンはクロテッドクリームをつけて食べるものである、と。
この聞き慣れないクリームこそが、日本人の実に繊細な味覚をもってしても欧州人に敵わぬ曲者なのです。私たちがいただいたのは英国ロッダ社のロゴが印刷されたものでしたが、クロテッドクリームとは、脂肪分60%以上の生乳のみで作られるクリームで、誠に濃厚であり、その製法には英デヴォン州にて2000年以上の歴史があると言われています。
私が感嘆させられるのは、欧州人たちの乳製品に対する目利きの鋭さです。日本の鰹節や昆布、小魚などから作られる「だし」の細やかな気配りにはまったく気づかぬ連中が、ことチーズやクリームに関しては実にうるさい。
墺国の友人が「日本にはチーズの専門店がないから困る」と言うのです。有名百貨店の地階にある程度では種類が少ない、とぼやいていました。逆に彼らは、鰹節や昆布にいくつもの種類があって、日本人がそれらを買い分けていることには驚くのでしょう。
さて、そんな鰹節と昆布と味噌と米の国の私は、アフタヌーン・ティーの意義をこう教わったのです。夕食前にワインなどをいただくと、昼食以来何も食べていなければつい酔っぱらってしまう、と。いわゆる「空きっ腹に効く」というやつです。そこで、昼食と夕食の合間に少し食べておくわけです。
スコーンは焼きたてで、大抵3段重ねほどのティースタンドに乗ってやってきますが、ここで紅茶を供するのは執事ではなく女性の役目でした。女王であっても自ら皆の分を入れたと言いますが、聞けば慣れないせいか随分と段取りの悪い有り様で、おおよそ「先にスコーンでも召し上がれ」と言われるそうです。
その場の老若男女が女王の指示とばかりに「そうですか」、とおもむろにスコーンにクロテッドクリームをつけて食べ始めます。ですからスコーンは温かいうちに食べるものなのだそうです。
かくして食文化というのは、現世個人の理性が何を叫ぼうと、過去多くの人々、或いは国家体制によって構築されていったものであり、ゆえに中には由来を聞けば可笑しなものもあります。香港でのみならず、星国(シンガポール)ラッフルズ・ホテルの「ティフィン・ルーム」でのハイ・ティーが有名なのは、申すまでもなく英国の統治下にあった歴史の産物です。
とことん「それらは忌まわしく、禁じるべきだ」と言えば、とたんに人類はあるゆるものの食べ方を見失って戸惑うでしょう。いざ食べ方なんぞ個人の自由だ、と言われても困ってしまうものです。仏国領だった越南国(ヴェト・ナム)の仏パンやコーヒーが概して本国産以上においしいのは、歴史の素敵な産物ではありませんか。越南人はそれらの食べ方をよく知っています。
ご皇室由来のものや習慣を否定する愚かさを、よもやスコーンにクリームをつけながら思い知るとは私も思いがけませんでした。冷徹な印象をもたれがちだった女王を新しい視点で描いた平成21年製作・公開の英国映画『ヴィクトリア女王 世紀の愛』(ジャン=マルク・ヴァレ監督)でも観てみることにしましょう。
皇紀2670年(平成22年)9月5日 9:21 AM
貧乏人なのでしょうね、何でも上手い、何でも食べる。唯一ハンバーグは駄目、悪い奴がいて中身「ネズミ肉」だろう?この一言で駄目になりました。