お詫びの撤回、できます?

皇紀2670年(平成22年)8月5日

 皆様は、他人と何かのことでもめてしまい、「とりあえず」と思ってお詫びを口にしたところ、あとになって「やはり自分は間違っていなかった」とこれを撤回できますか? 本当に自分に非がなければそうするのが正しいのでしょうが、わざわざ「あれはなかったことにします」というのは、のちのちの気まずさを考えるとできない方のほうが多いのではないでしょうか。

 日本民族は他人との会話に於いて「はい、はい」といった具合に相づちを打つ習性がありますが、ほとんどの他民族はこちらの話が終わるまで大抵黙って聞いています。で、日本民族はこれを英語に直して「Yes, Yes」と言うのですが、これでは話の内容を承諾したことになり、聞き終わって「But…」と言い始めると、「一体何だったんだ?」と相手を困惑させるそうです。

 これは相手を思いやることを最優先にしようとする日本民族の本能的行為とのズレであり、私たちには基本的な人間としての本能と、各民族が生きてきた環境などによって育んできた本能とがあることを頭に入れておかねばなりません。

 時として、これをないことにする方がおりますが、本能を否定しては呼吸もできず、相互理解を無視しては多民族間の交流も難しくなるでしょう。互いの「違い」を知り、認め合うことから「平和」は生まれるのです。決して「違い」をないことにして「平和」は生まれません。なぜなら、服飾や食文化を例に挙げても「違い」は厳然と存在するからです。もちろん、お詫びの持つ意味も……。

 これほど分かりきったことを、国政レヴェルで明確にないことにしたのが村山富市首相でした。今回は一般的な映画・映像ではなく、平成7年8月15日に発表された村山談話の何が問題なのか、平易にわずか4分にまとめられた動画をご覧いただきましょう。

 http://www35.atwiki.jp/kolia/pages/245.html

 ▲国民が知らない村山談話の正体

 以降の橋本内閣から今日まで、歴代内閣はこれを踏襲してきました。理由は、日本国内閣総理大臣が一度お詫びを口にしてしまったものを、その内容に何ら根拠がないと知りつつも「やはり撤回します」と言うことができないからです。

 しかもこのお詫びの相手は、亜州全域であるとうたいながら実際は中共と韓国に対してのみであり、これまた「ド」がつくほどの「反日本」を体制の旨とする国家ですから、撤回などすれば気まずいどころでは済みません。

 (対日戦争はともかく、欧米型植民地政策とは違う大日本帝國による皇民化政策によって統治されていた国はほかにもあるのに)中共と韓国、または北朝鮮のたった3ヶ国だけが大声で叫ぶ「(自分たちは何もしていないらしい前提をもとに)日本民族だけが犯したとされる大罪」を、私たちは「はい、はい」と相づちを打ちながら聞いてしまったのです。

 このような間違いは二度と繰り返すべきではありません。

 しかし、菅直人首相は15日に日韓併合100年を迎えての談話を発表する構えです。その内容は上記動画にあるように、何ら証拠も定義も確立しておらず、お詫びする主体も不明確なままお詫びするものに違いありません。

 菅首相は、3日の衆議院予算委員会で「小中学校の時代から、国歌を斉唱しなかったとか、そういう態度をとったことはない」とわめき、また仙谷由人内閣官房長官は、4日の参議院予算委員会で(対韓賠償について日韓基本条約を「法律的に正当性があると言って、それだけで物事は済むのか。当時の韓国は軍政下だった」と自身が発言したことに対する質問に)「耳をかっぽじって刮目(かつもく)してお聞きいただきたい。有効でないような発言はいつしたんですか」と怒鳴り上げました。

 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100803/plc1008032003017-n1.htm

 ▲産經新聞:「そこまで言うなら、証拠出せ」 君が代拒否指摘に、菅首相が激昂

 http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100804/plc1008041942012-n1.htm

 ▲産經新聞:ぶち切れた官房長官 ごまかしも 日韓基本条約の認識で

 お2人ともここまで激情しておっしゃったのですから、8月15日には静かに招魂の日をお送り願いたい。国際政治の世界に於いて、勇気をもって撤回を表明、或いは闇へ葬るべきは、河野談話と村山談話だけでたくさんです。

映画『氷雪の門』オフィシャルサイト

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『お詫びの撤回、できます?』に2件のコメント

  1. tom-h:

    >以降の橋本内閣から今日まで、歴代内閣はこれを踏襲してきました遠藤さん今回の記事には反論があります。麻生内閣は村山談話も河野談話も踏襲していません。「ふしゅう」しただけですw。

  2. ストリートマン:

    たかが与野党の議論では「菅」はしきりに反省をしている。こいつらの「本能」でしょうか?言いたい事は韓国人と同じ癖に韓国人がやらない謝罪だけは三人前にやる。仙石などは「公私」の区分どころかやくざ並みの言葉を使います、我慢が出来ないのが左翼の根性。