トコジラミテロやったのは…
本日は新嘗祭です。天皇陛下が本年の新米を天神地祇に奉り、豊穣に感謝する宮中祭祀で、私は毎年、陛下が御召しになるまで新米を口にしないようにしています。
自然の恵みに感謝申し上げ、ちょうど昨日いただいた新米を炊いてみましょう。とはいえ、明治六年以前の旧暦に従えば十一月の二番目の「卯の日」が本来の新嘗祭ですが、現在の稲作・精米技術、および発達した流通網ですともう新米が出回るため、農家や運送に関わる全ての方がたにも感謝申し上げ、いただくことにします。
さて、さんざん阪急阪神東宝グループを批判しておいて何ですが、それとこれとは話が別なので映画『ゴジラ-1.0』(東宝配給)について、一言申したいことがありますので、お許しください。
本作の山崎貴監督は、平成十七年の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』が高い評価を受けましたが、もともとは島村達雄氏が設立した制作会社「白組」のいわゆる「視覚効果の人」だったわけで、伊丹十三監督の『大病人』で描かれる臨死体験の場面は、圧巻でした。そんな山崎監督が自ら脚本を書き、いよいよゴジラ映画を撮ったわけです。
しかし、一抹の不安もありました。彼のこれまでの監督作品は、良作と思わず首をかしげたくなる作品との落差があり、まして庵野秀明総監督による『シン・ゴジラ』の直後ですから、ご自身も語っていたようにただでさえ「もう誰が撮っても駄作扱いを受ける状況」にあったのも確かです。
ところが、私はこれまで、東宝のゴジラ映画を昭和二十九年製作の第一作から全て鑑賞していますが、初めて泣いた(ゴジラ映画に泣かされるとは思ってもみなかった)ほどよくできています。バタバタと朝一番でTOHOシネマズへ駆け込み、少しでもケチろうとほぼ半額の割引料金で観たことをお詫びしたいほど感動しました。
その第一作目より前の時代設定というのも不安だったのですが、これは、私たち日本人が大東亜戦争を闘ったがゆえの運命を背負った先に現れた異形の存在との対面を描く「民族の死闘」を記録しており、さらにその先にとんでもない「民族の将来」が待っていることを予見させる恐怖映画(ホラーではない)として、極めてよくできています。
突っ込みどころがないわけではありませんが、ネタバレ防止のため、公開が終わるまでこれ以上は何も申しません。劇場へ皆さんも是非、行ってみられてください。お薦めします。
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最後にもう一つ。実はそれが始まってもう一か月ほど経ちますが、韓国国内でトコジラミ(南京虫)が大繁殖し、公共の空間(電車の座席など)でも大規模な駆除作業が行われています。
問題なのは目下、日韓間で人の交流が盛んになっていることで、ともすれば韓国人観光客がわが国へ持ち込む、或いは日本人が韓国へ旅行に出かけて持ち帰ってしまうのです。特に若い世代が日韓関係の新時代を築けるかもしれないという時に、とんだ「お邪魔虫」に割り込まれました。
現在、仏国のパリ市でも繁殖が始まっており、欧州全土にも広がりかねません。間違いなくわが国にも入ってきています。その対策方法は、厚生労働省「トコジラミとその効果的な防除法」をご参照ください。
残念ですが、現状では訪韓をお勧めできません。私は「北韓(北朝鮮)がバラ撒いたのではないか」と疑っています。いや「たかが虫」「対韓攻撃にしてはちっぽけ」と思われるかもしれませんが、現に尹錫悦政権が対応を迫られました。一つ間違うと政権が倒されかねないのです。
こうして韓国を孤立させるにも絶好の北韓らしい貧乏くさい手口であり、その防除にはかなりの時間を要すると思われます。韓国に「汚い国」のレッテルを貼ろうとする北韓のほうが桁違いに人民を抑圧して平気な汚い地域のくせに、ああ朝鮮労働党や人民軍ごと駆除してしまいたい。
皇紀2683年(令和5年)11月24日 12:11 AM
以下は 十五年くらい前に書いた物です。お許し下さると嬉しく存じます。
今回のメルマガは、まず、養護学校の教員をなさっていた
向野幾世さんの文章の紹介から始めます。
長い文章の引用ですが、どうか御読み下さい。
「クミちゃんと金魚」
クミちゃんは知恵遅れは有りましたが、
クラスの中では一番手足の障害の少ない子でした。
クミちゃんは朝学校に来ると、亀やカエル、金魚にエサをやります。
「はい、朝ごはんよ。」
最初の日、クミちゃんが金魚のエサ瓶を全部振り込むのを見て驚いた私は、
次からは、ほんの少しのエサを瓶の底に入れておきました。
「はい、給食よ。」
給食から帰って来ると、クミちゃんはまた金魚にエサをやります。
どうやらクミちゃんは、金魚の昼ごはん用にと、自分の給食を残しているようです。
ところが、三時になると、
「はい、金魚さん、おやつです。」と言っているではありませんか。
三時になると、保育所生活の名残りで、クミちゃんは おやつを思い出したのです。
おやおや、おやつ用のパンまで、この子は用意していたのです。
クミちゃんのやさしさには、頭がさがります。
しかし、魚たちは、たまったものではありません。
たちまち金魚は死んでしまいました。
水槽の上に白いお腹を見せて浮いている金魚を掬い上げ、
クミちゃんの手のひらに乗せました。
「土に埋めてあげましょう。」
車椅子の子を押したり、歩けない子を抱っこしたりして、
一年生たち八人 皆で、学級園にやって来ました。
土を掘って、「さあ、クミちゃん、金魚さんを埋めましょう。」
しかし、クミちゃんは、握りしめた金魚を出そうとしません。
その時、言葉の言えないヤッちゃんが「ウウウ」と唸り声を上げました。
クミちゃんが、ヤッちゃんのほうへ走り寄ります。
二人は頭をくっ付けて、何やら相談しています。
相談といったところで、言葉の言えないヤッちゃんと、
知恵遅れのクミちゃんの二人の間に 会話があったとは思えません。
それなのに、帰って来たクミちゃんは、
学級園の朝顔の葉っぱを一枚とって、土に敷き、
その上にそっと金魚を乗せているのです。
緑の葉に、赤い金魚の小さなむくろが乗せられて、
それはそれは美しい死出の金魚の旅姿でした。
それを演出する知恵遅れの子に、私は頭が下がりました。
黒い土を無造作に掘って、そこにポイと置こうとした、
教師の無神経さが恥ずかしい私でした。
私は大急ぎで、朝顔の葉っぱをいっぱいちぎって金魚の上に乗せました。
「先生にも、優しさは有るのよ。」と言いたげに。
それを見ていたクミちゃんが言いました。「重いよ。」
またしても、教師の私は間違ったのでした。
朝顔の葉っぱを一枚だけ残し、やっと土をかぶせました。「さようなら。」と私。
ところが、クミちゃんは、土の上に両手を置いて、
「虫さんと遊びや。」と 土の中に向かって囁いているのでした。( 引用終了 )
「虫さんと遊びや。」簡潔で、この上も無く見事な弔辞。
不謹慎な言い方ではありますが、簡潔で優れた弔辞の名人と言えば小林秀雄。
しかし、彼とて、これにはかなわないでしょう。実にありがたい事に、
ゲンちゃんは、クミちゃんから宗教的真理を頂いたのであります。
土の中では 蟻や団子虫やオケラやミミズや、
名前が有るんだか無いんだか判らない虫まで集って来て、
さっそく金魚を迎え入れて皆で楽しく遊ぶ。
生命を生かしている限り無く豊かなこの世界で、
生命有る者たちの 共に在る事の喜びも限り無い。
生命在るこの世界の、それが本当の次元なのであり、
その次元で、クミちゃんも金魚も虫も、共に生きている。
ゲンちゃんは今、以前のメルマガで紹介した、
小学生の女の子が作った俳句を再び思い返しています。
そのメルマガの一部を振り返りますと、
「あやめが咲いた 隣の犬が見に来た」あやめに見入る少女 そこへ来て共に佇む犬
この三者は 互いに犯さず 調和して 共に一つの世界に在る事に安らいでいる。
一つの世界 一処で 死後の世界ではなく 今
あやめにも少女にも犬にも有る仏性が
互いに出会って 喜びの交響楽を奏でているのです。
今この「共に在る事の幸い」に喜ぶ魂 それこそは仏性と呼ぶべきもの、
それが感じられる事が 仏教が語る喜びであるはずだと、
ゲンちゃんには思われるのです。
そして、宮沢賢治は、「ああ誰か来てわたくしに云へ
億の巨匠が並んで生れ しかも互ひに相犯さない
明るい世界はかならず来ると」(「業の花びら」より ) と書きました。
人の逃れ得ぬ悲惨を精一杯受け止めつつ、本当に他者と共に生きようと願った賢治。
賢治がクミちゃんと出会っていたら、「クミちゃんは俺の座敷童だな。」と言って、
しゃがんで抱いて、頬ずり。そして朗らかに笑い合う二人の姿を、
ゲンちゃんは想像してしまうのです。
伝統的な仏教の解釈では、人の仏性とは智慧です。
全ての物事の真実を、その最後の最後までを、確かに見通す事の出来る智慧。
そして智慧によって苦しみから脱却するのだと。
しかし、ゲンちゃんが仏性という言葉に感じるものは 智慧では無い。
「知恵遅れ」と評価されるクミちゃんの、死んだ金魚への囁き「虫さんと遊びや。」
この囁きは、宗教的真理から生まれて来た言葉だとしか、
ゲンちゃんには思えないのです。まるで神が発した言葉かとさえ、思えるのです。
ここに、生命と存在の真の豊かさと喜びが有ると。
それこそは、ゲンちゃんにとって、仏性と呼ぶしかないものなのであります。
ゲンちゃんにとって仏性とは 人が受けている仏の関与そのものであり、
それはどこまでも、恩恵なのである。仏とは恩恵を与える者である。
生命と存在を実現させ、その意味と目的への到達を成就させる力の、
明かな根底であり、隠された深淵である。
その根底に立たされ、深淵に抱き取られる者こそ、人なのである。
全ての存在は、根底においては合一であって、( 同一ではありません )
クミちゃんと金魚と虫たち、少女と犬と菖蒲は、根底においての合一の写しであり、
賢治の言う「並んで生まれ互いに犯さぬ 明るい世界」の象徴である。
王子様でありながら自身の人生を受容し得ないと見通して出家し、
受容を遂げた人となって人々の中へ帰還した釈尊。
自身を全的に受容した人 釈尊の許に集う人々は、
釈尊と共に互いの善き友となってカースト制度を克服した。
釈尊は神を受けた人だとしか、ゲンちゃんには思えない。
神を受けてのみ、神の許でのみ、全ての人が本当に対等になるからである。
釈尊は神との合一を経験して、真の喜びを知った。
その時彼は王子様でなくなり、ただの人になった。
彼が捨てようとしなくても、カースト制度は彼から滑落したのである。
彼が脱却したのではない、彼は救い取られたのである。
神は絶対なる他者であり、人は神に対しては文字通りの無力。
それなのに、神からの恩恵によって神との一致が成就する。
それによって、人は存在の根底においての合一を得る。
自己との和解、他者との相互受容を成就する。
受容し合う生命の豊かさと喜びは限り無い。世界は始源の祝福を回復する。
それが、宗教的象徴の言葉 神の国 極楽浄土 なのである。
それは空間ではなく、存在の中に有る。生命が有する、本来の次元である。
時によらず来て、時を憩わせる永遠性である。
ゲンちゃんは、20代から30代にかけての約5年間、
病気のせいで殆ど食事が出来なくなり、174センチ68キロの身体が
45キロにまで痩せてしまいました。最悪の時は、呼吸するのも苦しくて、
ただ激痛から逃れたいとしか思えず、
「死ねば楽になる」とばかり思って過ごした時期もありました。
死が最も近付いた時は、ただ真っ暗な闇の中に
吸い込まれて落ちて行くような感覚になったのを、今も憶えています。
その後、死を覚悟する切迫状況からは解放されて、
少しずつ身体が正常へと回復してくれました。ありがたい事です。
今は、体重48キロで、肉体労働は自信ありませんが、デスクワークなら大丈夫。
2年前に自転車で海を見に行けた時はホントに嬉しかったです。
それ以前に海を見たのは、13年前に従兄弟の車に乗せてもらって、
隣の県の病院に行った時の帰り道でした。ゲンちゃんのために、
わざわざ海沿いの道に入ってくれて、車を止めて砂浜まで一緒に歩いてくれて、
「こうして海を見ていると、人間なんてチッポケなもんやなあ。
ああだこうだと悩んでみても、所詮つまらん事やな。気楽に行こうや。」
と言ってくれた従兄弟は、今は亡き人です。
ゲンちゃんは海を思う時はいつも彼を思い出し、彼に感謝しています。
「労働者に必要なのは、パンでもバターでもなく、美であり、詩である」
(シモーヌ・ヴェイユ)
もちろん、パンもバターも必要です。これを軽んじる事は間違っている。
人にはそれと同時に、美が 詩が 必要です。そして、パンもバターも、
単に商品として、売買のための物体として製造されるだけであっては いけない。
人がパンを作り、それが人に渡され、人を養う。
その全ての過程に、美も詩も生まれる。喜びも 同時に生まれて来る。
それが人の、本来の仕事なのだ。パンを作る労働者は、
パンと共に美も作る。詩も生み出す。( 生まれて来るのである。)
それが人の、本来の創造性であり、人に与えられている恩恵の働きなのである。
これを人から奪う魔的な力は、資本主義にも共産主義にも巣食っていて、
人類を苦しめて人生の希望を失わせているのだ。
人が人生から切り離されていくのだ。
この魔力に支配されないで恩恵の許に生きられるように、
人に宗教的真理が絶えず来てくれているはずだと ゲンちゃんは信じる。
目に見える恩恵も 目には見えない恩恵も、
人と共に絶えず、生きようとしているのだと。
永遠なる者には、静止も休止も無いからである。
生命と存在の、その根底と深淵の、真の力である。
病気で苦しんでいた時期に、ゲンちゃんが
空腹感と同時にいつも、時には空腹以上に強く感じていたのは、精神の空白でした。
「俺が苦しむ事で、それで誰かが助かるのなら、苦しみにも意味があると言えるし、
俺も救われた気分になれるのに、現実は、そうじゃない。
俺が苦しんだって、誰が助かるわけでもない。母を悲しませているだけだ。
人の苦しみは ただ不幸で無意味な物なのか」
そうとしか思えなかった。しかし、病気で苦しむのが精一杯だった当時と違って、
今は、無意味には終わらなかったのかもしれないと思えるようになりました。
自分自身の限界にまで追い詰められて、そうなってみて初めて、
本当に出会うべきものに出会う道だけがゲンちゃんに残された
そんな気がするのです。
その道は自分で選べるものではなかった、だから運命なのだろうと思います。
「虫さんと遊びや。」生命への尽きぬ讃歌です。
クミちゃん、向野幾世さん、恩恵の言葉を 本当にありがとう。