暴力を誘発した体罰報道

皇紀2673年(平成25年)3月2日

 本日は更新手続きの間違いが発生し、配信が遅れましたことをお詫び申し上げます。

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 http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130222/wlf……
 ▲産経新聞:「殴ってみろよ!」「傷ついた。死んでやる」 教師を挑発する生徒たち
 http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/130225/……
 ▲産経新聞:「これって口頭指導で解決しますか?」「監視カメラを」 教師へ暴力、器物破壊…

 大阪市立桜宮高校で部活動主将の生徒が自殺し、柔道女子選手たちによる監督への告発行為が明るみになってから、報道各社は「体罰は暴力である」と規定して徹底的に非難してきました。

 この問題を学校教育法の制定過程およびその法的疑義について整理簡略化することで、二月十二日記事に一部分ご説明申し上げましたが、産経新聞社は「体罰を考える」という連載を組んで教育現場の声を記事にしています。

 上記ご紹介の記事以外にも是非お目を通していただきたいのですが、このような声は概して真面目に務めてきた学校教職員から上がっており、私も報道各社が煽るだけ煽った今後の教育現場で予想される荒廃を憂う教職員のご意見を個別に伺っていました。

 今回は敢えて私自身の経験を申し上げますと、進学塾は高い頻度でいわゆる「三者面談」を実施しますが、その場で保護者が学校教諭(学級担任など)の非難を口にすることが多多あります。これに対して私は必ず「ご相談であることは理解しますが、お子さんの前で学校の先生の悪口を言わないでください」とお願いしてきました。

 むろん中には日教組や全教での破壊活動にばかり執心し、教育に不熱心で保護者や児童・生徒の信頼を全く得られていない教職員もおり、彼らはむしろ体罰を駆使してまで指導しようとは考えていないようで(複数の学校教諭の証言による)、面倒な事案からことごとく目を背けた結果、学級内の暴力事件(虐め)を先鋭化させるがままにし、特に日教組の推薦人事で駆け上がった校長や教頭が彼らと結託して事件を隠蔽してしまいます。

 これがかつて申した「教育権力」の体質であり、地方によっては教育委員会を巻き込んですでに発覚している諸問題の原因の一つです。委員会の存在に問題があるというより、何度でも申しますが、教職公務員に組合があって破壊活動をしている現状を政府も私たちの多くも見て見ぬふりしてきたことが諸悪の根源に違いありません。

 教育を目的とした有形力の行使が「体罰」なのですが、教育の目的を失った時点でそれは「暴力」です。程度の違いではありません。ですから法に行為の線引き(体罰のガイドライン)を書き込もうとする立法の動きは間違いなのです。

 そのような規定作りこそが、ことのほか自意識に目覚める思春期の生徒たちにとって教職員との信頼関係の構築を阻害するのであって、彼らは自分と向き合ってくれるのではなくて権力と向き合っているだけの指導者を決して信用しません。よって現下の状況では「殴ってみろよ」「ターイバツ、ターイバツ」と増長するわけです。

 教育とは教科成績を一点でも上げることや運動技能が上達することを指すのではなく、教育勅語を現在もいただいていれば誰の目にも明らかですが、学ぼうとする心を育てることであり、人の役に立とうとする心を育てることに他なりません。

 本田技研工業を育てた或る技術者はこう言っています。「化学や物理は勉強じゃなくて、人の役に立とうとする学問なんです」と。つまり、体罰は成績や技能の上達を目的に行使するのではなく、たとえ巧く出来なくても上達しようという自らの姿勢を失い、上達しようとする人の邪魔をする行為に対して行使するものです。私たちの理解があってしかるべきではないでしょうか。

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『暴力を誘発した体罰報道』に1件のコメント

  1. kosumosu:

     私は教師OBですので、現場の教師の苦悩はたいへんよくわかります。体罰の問題よりも、子供の暴走のほうがゆゆしき問題なのですが、社会はなぜか保護者や子供には甘いのです。現場では実は教師のほうが子供や保護者からいわれのない中傷や暴力を受けているのが現実なのです。子供が被害者だという問題は大きく取り上げられますが、今まで教師が被害者であることをまじめに真正面から問題にした報道には出会ったことがありません。
     たとえばジャーナリストの中にこの問題を取材して告発する人がでてきてもよさそうですが、あまり聞いたことがありません。人権を大事にするこの平和な日本でこんな身近なところで日々人権侵害を受けながらも子供の成長を信じてまじめに指導に励んでいる教師、学校現場があることをぜひ知ってもらいたいと思います。産経新聞で報道されている子供の暴言は小学校の現場でも当たり前のようにあるのが現実です。もう10年位前になりますが、わが地区の中学校で、子供が、妊娠している若い女教師の腹を蹴って流産させたという事件がありました。蹴られておなかを抱え苦しんでいる教師を見て、子供たちは悪びれた様子もなく罵声を浴びせていたということです。こんなこと許されることでしょうか。今でも思い出すだけで怒りで震えます。
     今だったら要請すれば警察が入って子供を補導するということができるかもしれませんが、その当時は学校内で解決するのが常識でしたから、口頭注意で子供たちは何の罪の深さも感ぜずその後も問題行動を繰り返して卒業しました。
     あのような子供たちをまともに指導するのは学校だけでは限界です。子供の背後には保護者や社会の風潮、道徳意識など大きな問題があるのですが、それこそ日本の将来を考える上で重大な事項だと思います。このままでは日本人の最も誇るべき人間性、(誠実さや勤勉、善良性というもの)がはたして保たれていくのだろうかという問題です。年々理解しがたい保護者や子供が増えていくのを見て将来が不安になるのは教師をしたものの率直な実感だと思います。
     こんな中で学校は血のにじむような努力をしています。学校の苦悩と努力をぜひ認識してほしいと思います。