三宅博前衆院議員が急逝

皇紀2677年(平成29年)4月25日

第4回 救国の提言講演会・東京「どうなる日本、どうする日本」
 5月13日(土曜日)午後18時より、東京都文京シビックセンター(東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園」駅徒歩1分、都営三田線・大江戸線「春日」駅徒歩1分、JR「水道橋」駅徒歩9分)にて開催します。万障お繰り合わせの上、ご参加ください。詳細は、後日お知らせします。

 さて、昨日記事でも申したように多くの沖縄県民は、とうとう「反日・反米」「琉球独立」工作に疲弊し始めています。その結果、中共福建省福州市名誉市民の翁長雄志沖縄県知事の煮え切らない態度を喚起し、工作員主導の「オール沖縄」内部でもめ始め、一月の宮古島市長選挙、二月の浦添市長選挙に続いて二十三日投開票のうるま市長選挙(現職の島袋俊夫候補)でも自民・公明推薦候補が当選しました。

 目下、仏国の次期大統領選挙に注目が集まっていますが、オーストリア(墺国)でも当選には至らなかったものの明らかに右派・保守派の台頭が見られたように、第一回投票で国民戦線党首のマリーヌ・ルペン候補が決選投票に残りました。

 このまま彼女が次期大統領になれるとは思いませんが、独国のアンゲラ・メルケル首相(旧東独出身)が開けてしまった「伝統国家崩壊のパンドラの箱」を急いで閉じようとする欧州人の本能が「多様性」などを主張する理性に勝り、深刻な経済問題を絡めて勢いを増しているのでしょう。本能に反することをしてしまえば、本能の一部である理性ごと崩壊するのは自明の理です。

 http://www.sankei.com/politics/news/170424/plt170424……
 ▲産經新聞:【テロ等準備罪】民進・野田佳彦幹事長、小西洋之氏に「よく指導していきたい」 「国外亡命覚悟」ツイートに苦言

 北朝鮮をめぐる極度の緊張が高まる中、私たちの本能もまた、民進党所属議員たちに対する不信を示さずにはいられません。組織犯罪処罰法改正案の議論の行方によっては、「国外亡命」をいうような莫迦議員には、どうぞそのまま出て行っていただくほかないのです。

 私たち国民を捨てて出て行くことを公言するような国会議員は、既にその資格を失っています。

 二十四日、三宅博前衆議院議員が急逝されたという知らせが入りました。この記事が配信されるころには、一般紙にも記事が出るでしょう。衷心よりお悔やみを申し上げます。莫迦議員がのうのうと生きているというのに。

 実は、このところ歌手のペギー葉山さんの訃報にふれる余裕を失い、上智大学の渡部昇一名誉教授が十六日に亡くなられたことにもふれられずにいました。改めて衷心よりお悔やみを申し上げます。

 渡部名誉教授は、現行憲法(占領憲法)が既に無効のものであることを堂堂と主張された英語学者です。改憲論者が多数を占めてきた保守論壇にて、改憲活動にとって「元も子もなくなる」新無効論を展開するのは、愛国・憂国よりも私欲(活動利益)を優先する活動家からさまざまな妨害工作を受けることになり、大変苦労されたでしょう。

 同じく三宅前代議士も、法理論上のこまかな点についてはともかく占領憲法が効力を失っていることを堂堂と主張し、北朝鮮による日本国民拉致事件の、特に特定失踪者問題に取り組み、NHK問題を提起して大きな話題を集めました。

 その熱いお人柄を私もよく存じており、つい最近も私が登壇する「救国の提言講演会」のために温かいメッセージを賜ったばかりです。日本維新の会への移動を残念がる声もありましたが、何としても現職に復帰して追及したい問題が三宅前代議士にはおありでした。本当に残念です。

 お通夜は二十七日午後十九時より、ご葬儀・告別式は翌午前十一時より、ともに八光殿南植松(大阪府八尾市南植松四丁目、地図参照)で行われます。

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『三宅博前衆院議員が急逝』に2件のコメント

  1. 奈々子:

    NHK は解体すべきだと追求された国会での三宅博さんの姿が忘れられません。政界に戻って来られる日を待っていました。とても悲しいです。

    本当に仰る通りです。何故下らないゲスな議員達が、あんなにいっぱい国会に居るのでしょうか。三宅さんが旅立たれたことで余計に怒りで煮えくり返ります。

  2. きよしこ:

    昨日ツイッターのタイムラインに突如「三宅博先生急逝」の文字を目にし、息が止まりました。
    すぐにこちらで報告も兼ねてコメントをしようかと思ったのですが、信じられない(信じたくない)という気持ちと、「死去したのは同姓同名の別人」との情報が流れたことから踏みとどまりました。

    こうして三宅先生の死去が「確定」した今、経験したことのないほど落胆しています。
    直接お目にかかったことはありませんが、動画などで拝見する限り何より我が国の未来を誰よりも
    憂いていた、まさに「国士」という言葉がこれほど似合う方もいませんでした。
    次世代の党から出馬された衆院選で、言葉は悪いですが惨敗を喫した時に覚えた絶望と空しさは
    今でも鮮明に覚えています。その時以上に今の我が国は酷い状況なのですが・・・

    余所のブログによるとどうやら大腸癌を患い、去年の参院選では全身に転移していたそうです。
    おそらく国政に復帰されていたとしても長くは持たなかったと思いますが、もう一度あの迫力満点の
    質問を見たかったです。拉致・憲法・NHKという、まさに我々が真っ先に取り組むべき問題は何かをよく理解なさっていた議員の死去による損失は計り知れません。拉致被害者および特定失踪者の御家族の落胆はもちろん、少なからぬ数の占領憲法護憲派やNHK関係者が胸を撫で下ろしているかもしれないと考えると悔しさで一杯です。しかし誰よりも御本人が一番無念でしょう。

    そう遠くない将来、三宅先生が思い描いた日本が現実のものとなった時、私は先生のことを思い出してそっと涙を流すのだと思います・・・