泥棒と韓国と僧侶の条件

皇紀2673年(平成25年)3月16日

 旧太陽の党(日本維新の会)の中山成彬元文部科学相は、自らが「何者かたちに狙われていると検察(公安?)に警告された」ことを明かしましたが、かの衆議院予算委員会での追及の中で最も「不味かった」のは、実は慰安婦問題そのものよりも、日韓併合条約発効下の朝鮮に於ける議員や警察などの約八割以上が現地朝鮮民族で構成されていたという証拠を提示したことだったようです。

 すなわち「不味かった」というのは中山代議士が真実を突いたということであり、当時慰安婦からの搾取があったとすれば、それが朝鮮民族によって主導された可能性を強く疑われることになり、わが国私たちを非難の対象とする「従軍慰安婦」を創作してきた政治的破壊活動が根底から否定されてしまいます。

 もし真の二国間友好を願うならば、このような対立運動を根絶しなければなりません。それが「韓国の皆さんに申し訳がない」などと言ってきた方に最も足りない熱意であり、足りないというよりも彼らに満たす気など最初から一切ないのです。意図的に対立させてきたのです。

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 http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130315/crm130315……
 ▲産経新聞:「日韓の悪化懸念」仏像盗難、韓国住職が手紙

 韓国人窃盗団によって長崎県対馬市の観音寺から県指定の有形文化財「観世音菩薩坐像」が盗まれた事件で、「もともと所有していたものだから返さない」などと主張する韓国浮石寺の僧侶が来日しましたが、一個一万ウォン(約八百七十円)で販売している程度の浮石寺の土産物を観音寺住職らに手渡して誤魔化そうとしたため、両者の面談は実現しないまま離日しました。

 当たり前のことです。窃盗団が韓国に持ち込んだものを寺はおろか司法までもが「盗んだものでも日本には返さなくてよい」と言い切る韓国人を目前に控えて、観音寺住職が彼らと面会しなければならない理由など全くありません。

 そもそも韓国にあったとする歴史検証は専門家に任せるべきであり、またわが国に渡ったとした場合にその経緯も当然調査されるべきでしょう。仮にもわが国側が購入していた場合、売った現在の韓国側が当時得た利益を時価換算して代金を請求出来るからです。

 しかし、この話はあまりにも出来すぎているように思えてなりません。窃盗犯罪を合法化するような態度に出た韓国側が「盗難により日韓関係が悪化する」と口を滑らせたように受け取れるのは、窃盗団の目的が最初から日韓関係の悪化にあったからではないか、と考えられるからです。

 産経新聞社がこの記事を「事件」に分類しているのは正確であり、文化財の窃盗は本来警察を動かさなければなりません。これほど致命的に私たち日本民族が韓民族(朝鮮民族)の神経を疑うような事件の発生と展開は、やはりあまりにも出来すぎているのです。

 互いに殺戮の歴史を繰り返してきたはずの欧州とはまるで違う様相を呈してきた東亜の相互対立は、何度も申しますが既に利権化しています。だからこそ私たちが決して屈してはならないのです。

 つまり、対立せよということではなく、対立の延命と言える「日本の謝罪」を繰り返してはならないということなのです。無用に頭を下げてカネを払ってきた、或いは言われるがままにしてきたからこそ、泥棒が味を占めたために起きたのが今回の事件だ、ということを肝に銘じましょう。

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『泥棒と韓国と僧侶の条件』に1件のコメント

  1. miku:

    もはや中国韓国とは、すみやかに国交断絶するしかないと思います
    国交断絶などできるわけがない!という人がいますが、
    ヤル気がないか、中韓と国交断絶されるとまずい何かがあるのでしょう

    脱亜論の福沢先生は正しかった
    そして、今後も正しいのです

    もし、国交断絶を本気でやらなければ、近いうちに
    在日中国人に国をのっとられるのが関の山でしょう

    外交に目を向けるより、入国させないことの方がよっぽど大事だと思います
    (私の上の住民はとうとう中国人になりました、数年のうちに、
    隣人は皆中国人になるのでしょう・・・)