金正日死去に服喪した保守

皇紀2671年(平成23年)12月29日

 先日、或る方から興味深い監視結果を拝聴しました。それは、北朝鮮の金正日が死亡して以来、国史などのほかに時事問題を扱うはずのいわゆるいくつかの「保守系ブログ」が一切北朝鮮の問題に触れず、今上陛下御生誕の日(天長節)も無視したというのです。

 私は24日記事で、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)と本国との微妙な距離感の存在を指摘しましたが、28日に行なわれた国葬でも、参列した南昇祐副議長と金正恩との対話姿勢から、同様に指摘する識者がいました。

 その背景には、正恩の母親が元在日朝鮮人の故・高英姫であることを北朝鮮の国家機密とする姿勢にも表れており、例えば連日のように朝鮮中央テレビで放送され続けた「泣きの大芝居」に対し、実は現下の北朝鮮が抱える諸問題を分析することから、日本人拉致被害者の即時全員帰国への道を提言するといったことすらもしない「自称保守」とは、一体何者たちでしょうか。

 まして、喪中に今上陛下御生誕を御祝いすることは、組織的に禁じられていたに違いありません。彼らは公然と保守主義を標榜して多くの読者の支持を得ながら、どこの国の「保守」、何の「保守」なのか分かったものではないのです。

 わが国に於ける「革新」が単なる国家解体の破壊活動(テロリズム)になっていることと同時に、「保守」は占領統治体制(占領憲法の護持と改正で対立すること)を維持させるだけの論述にとどまり、天皇陛下の祭祀に基づく国体(國體)を取り戻すための行動は一切しません。

 破壊活動家の中には、金正日の死に泣きわめいてみせなければ国家安全保衛部に呼び出されたり訊問される人民を指して、歴代の天皇陛下崩御に際した私たちと「同じである」などと述べ、これを揶揄する者がいるように、他国民を拉致までする絶対権力者と祭祀の御存在との大いなる違いに対する無知・無教養に加え、他人を失望させるためであれば使える手はすべて使うのです。

 妄想であったにせよ靖國神社への破壊宣告を堂々とインターネット上に書き込んだ「天照大神」を名乗る在日韓国人学生の存在も、この顕著な一例であり、政治思想工作がこれらとは比較にもならない極めて高度な手法を用いて紛れ込むのは申すまでもありません。

 「保守」「革新」という言葉の免罪符化は、インターネット上のように実は議論の難しい場(例えば、在日問題やフジテレビを叩けば保守であり、叩かなければ「サヨク」だと決めつけやすい状態)に於いて進行し、ゆっくりと確実に訪れる者の思想を各一定の方向へ誘導するのです。むろん、私がこうして書き続け、行動し続けているのも、皆様に向かって國體の護持を喚起する意志があってのことにほかなりません。

 一概に「あの記事は日本の保守派が書いている」「あの組織は日本の保守派で構成されている」などと思っていたら大間違いだということが、今まさに起きています。私はまさか「私だけが本物だ」などと名乗りません。皆様にただお気をつけいただきたいのです。

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『金正日死去に服喪した保守』に2件のコメント

  1. 読者:

    遠藤様、仰せの通りですね。
    私はこれらの怪しげな自称保守は、すべて特亜の出先機関たる創価学会の軍門に下ってしまった連中と思っています。
    自民党の下野以来、創価の対保守派工作は露骨化する一方です。
    先日国会議員が中心となって開かれた「竹島を守れ」と称する集会に
    公明党議員が堂々と参列しているのを見て「ここまで来たか」と思ったものです。
    以前小泉の靖国参拝を絶賛する自民党員に対し問いただしたことがあります。
    「なぜ保守政党たる自民党は国内最大の親中反日にして(おくびにも出さないが)反天皇勢力への依存を経てないのか。小泉は邪教の穢れを神域に持ち込んだのであり全く評価できない」と。
    彼は「その話はやめてくれ」と答え、以降私への連絡は絶ってしまいました。これが現実です。
    長くなってしまい失礼いたしました。

  2. 月見草:

    驚いたことに、あるいは、予想通り「ねずきちのひとりごと」が、将軍の死と天皇陛下への御祝辞をスルーしました。

    同じく「まさか右翼と呼ばないで」も、同様でした。

    以前から、このふたつはある種の工作ブログではないかと見ていましたが、今回尻尾を出しましたね。

    遠藤さんのブログ記事が、「日心0を糺す会」のコメント欄で紹介されていましたので、訪問させていただきました。
    ありがとうございました。