民主党では日本が潰れる

皇紀2671年(平成23年)4月2日

 表題はさして目新しくありません。今まで指摘し続けてきたことです。今回は或る目下個別の事案をもって簡単に解析しましょう。

天皇、皇后両陛下の御行幸
 http://sankei.jp.msn.com/life/news/110331/imp11033101240000-n1.htm
 ▲産經新聞:両陛下、都内の避難所をご訪問 すべてのグループに声をおかけに

 真正保守政策研究所内で、或る厳正な指摘がされています。それは、ここでもご紹介した先月16日の天皇陛下の御言葉についてであり、陛下は「国内のさまざまな救援組織に属する人々」の組織名を挙げられて激励されましたが、決して「政府」という文言は一度も御使いにならなかったという事実です。

 民意が政治に反映されるのは望ましいことであると申すまでもありませんが、あくまで現世価値観を「絶対に間違いのないもの」とする民意と政治の関係が現在の菅直人首相を誕生させました。大政翼賛会も長かった自民党政権も、すべて同じ原理です。

 またぞろこの表現を用いますが「どんな莫迦が首相でも」臣民を救おうとなさるのが「(今上陛下に於かれましても)天皇陛下の世を越えた御存在」であり、戦争も対災害無策も、民意と政治の関係を度外視しては語れません。

 ならば「優れた首相」であればよかったでしょうか。確かに多くの人々が救われるでしょう。しかし、それに寄ろうとする民主主義こそが独裁者を産み出します。天皇陛下は、その危機から民を救う唯一無二の御存在であらせられるのです。

石原都知事vs蓮舫大臣
 http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110401/plc11040112210016-n1.htm
 ▲産經新聞:蓮舫氏、石原都知事の「花見自粛」に反論 「権力の社会制限は最低限に」

 確かに、権力者が民の行動を制限するのは自由主義(リベラリズム)に反しますが、本来意義上間違いにもかかわらずこれと同義のように語られる民主主義(デモクラシー)では、実のところ何の問題もないことになります。民主的選択による権力が「自粛しろ」と言うのですから。

 しかも、節電を呼びかけている蓮舫節電啓発担当相に「自由な行動や社会活動」の文言を用いられ、石原慎太郎都知事が反論されるいわれはありません。ことほど左様に石原都知事の発言を嫌悪するならば、民主党(Democratic Party of Japan)はまず党名を変えてから言いなさい。

 莫迦な首相に励まされても幾ばくかの勇気すらわきませんが、時を越えた自分たちの祖先との対面を臣民にもたらしうる天皇陛下の御行幸は、ゆえにまるで次元が異なります。これが分からない、或いは現世個人の力だけでどうにでもなるという感覚で自然災害に呑まれてゆく人を、私は哀れに思えてなりません。

 その最たる存在が、わが国政府それ自体なのです。

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