映画:終戦のエンペラー

皇紀2673年(平成25年)8月26日

【映画評】

 http://www.emperor-movie.jp/
 ▲映画『終戦のエンペラー』公式サイト (平成二十五年七月二十七日より公開中)

 平成二十四年製作の米国映画である。しかし主題は、大東亜戦争に於けるわが国初の降伏宣言から桑港講和条約の発効まで続いた連合軍による占領統治で、果たして先帝陛下の戦争責任を問えたか否かだ。

 ダグラス・マッカーサー司令官(トミー・リー・ジョーンズ)が厚木の飛行場に着いた時、日本軍兵士たちが彼らに銃口を向けることはなかった。それは、軍の一部が宮内庁職員たちを殺害してでも収録盤を奪い去ろうとまでした天皇陛下の玉音放送によってかなえられた連合軍に対する安全だった。

 この最初の場面が実は占領統治の全てを物語る。民意によって始まった戦争が、政治決断への介入はなさらないものと決まっていたはずの陛下の尋常ならざる御発言でついに終えることができ、そこへボナー・フェラーズ准将(マシュー・フォックス)の言葉が「われわれは支配者ではなく、解放者として見られるようにしなければならない」とかぶっていた

 だからこそ、天皇陛下の処刑を企む米政府中枢に対抗したマッカーサーの命を受け、フェラーズは陛下を処刑しなくて済むよう調査することになるのだが、同時に彼は自分たちを「解放者」にするべく、日本国民に対する「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(戦争への罪悪感を意識的に植えつける計画)」の策定に関わる。これが今日の「自虐史観」の誕生だ。そして皇室典範と憲法が連合軍によって勝手に書き換えられる。

 本作は史実を基にした創作の娯楽作品でありながら、占領統治の本音と建前を明るみにし、日本民族の本音と建前を紹介して、天皇陛下と、例えば神聖ローマ帝国などの皇帝陛下とでは、同じ英語で「エンペラー」と訳されるものの全く異質の存在であることを丁寧に描いた。

 私がかねてより申してきた通り、欧州の皇帝は権力者であり、ゆえに専制啓蒙なる建前を口にする者も現れ、しかしながら天皇陛下は祭祀を司られる「祈り」の御存在なのだ。それを本作では「信奉」と言っている。

 『ラストサムライ』などにも関わった奈良橋陽子さんのおかげで、皇居での撮影にも成功し、日本人役者の起用も進んだ。特に亡くなられた夏八木勲さんと、西田敏行さんが素晴らしい。夏八木さんの役は宮内次官の関屋貞三郎であるが、本作は関屋一族の取材協力を得たものと拝察すれば、なんとプロデューサーの奈良橋さんが関屋次官のお孫さんにあたるのだとか。

 英国出身で『真珠の耳飾の少女』などのピーター・ウェーバー監督の演出も的確で、同じく英国のスチュアート・ドライバーグの撮影は色彩設計から何から実によく出来ている。彼はジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン』でアカデミー賞にノミネートされたキャメラマンだ。

 偽善的に登場する近衛文麿(中村雅俊)の描写は、本作と私とで歴史解釈の相違もあって気に食わないが、演出の見事さと言えば、まるでサスペンス映画のように原題の天皇陛下(片岡孝太郎)をラスト・シークエンスまで登場させず、やっと最後の最後であの歴史的な場面を再現し、陛下から「一切の責任は私にある。処刑するのなら私だけにして欲しい。日本国民が悪いのではない」との御言葉があったことを強く観る者に印象づけた点だ。

 米国はこの日本統治以降、一度たりとも占領統治に成功していない。最近ではイラクでの失敗が未だ遺恨を残し、わが国でのことが唯一の成功体験である。本作が製作された背景には、それを振り返る必要に迫られた米国の厳しい現実があろう。

 なぜあの時うまくいったのか。私たちにとって国家国体のそれ自体である天皇陛下を冒さずに済ませたことこそ、米国にとってうまくいった最大の理由のはずだ。しかし、皇室典範の書き換えや戦犯処刑の日付、十一宮家の臣籍降下がわが国をどのようにしてしまったかは、私たちが今現在見ている通りである。

 文=遠藤健太郎 (真正保守政策研究所代表)

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『映画:終戦のエンペラー』に6件のコメント

  1. 読者:

    >だからこそ、天皇陛下の処刑を企む米政府中枢に対抗したマッカーサーの命を受け、フェラーズは陛下を処刑しなくて済むよう調査することになるのだが

    陛下の処刑の回避と皇室の存続が、実際のところどの時点で決定されたのか、
    少なくとも、マッカーサーが厚木に降り立った時より後だと言えるのでしょうか?

  2. matu:

    2001年になって米国国立公文書館でようやく全面公開された対日戦史資料。
    その中の「日本計画(最終草稿)1942年6月3日付」から、当時の米国の対日心理戦略の基本方向をうかがうことができる。
    米国を中心とした連合国の文明と国際法にのっとった大義を示し、日本の戦争を、文明からの逸脱であり侵略的企図をもつものとしてアジア人に示すこと、戦争に導いた日本の軍部と天皇・国民との間にくさびを打ち込み、「軍部独裁打倒」に力を集中することである。
    重要なのは、第一に天皇制存続、第二に戦後日本の繁栄=資本主義再建というGHQの占領で実現する二本柱が、すでに示されていることである。

    1942年8月5日付で、ダグラス・マッカーサー将軍の「日本計画」へのコメントが寄せられている。この時、彼はフィリピンからオーストラリアへの撤退をしておりそこから、「いかにこのプランを現実のものとするか、英国など他の連合国との調整が必要だ」という問題提起をしているのだ。
    マッカーサーは厚木に降り立つ3年前にすでに米国の天皇利用戦略を知り、了承していたのである。

    OSSは事実上のマッカーサーの上部構造であり、ここで練られたシナリオが伝達実行されていたのであって、GHQが自己貫徹的に日本占領の最高権力者であったわけではない。

  3. matu:

    上は、『1942年6月米国「日本プラン」と象徴天皇制』 加藤哲郎(一橋大学政治学)より

  4. 小心者:

    当初から、マッカーサーはワシントンの方針に対し懐疑的な下地があったでしょう。
    日本人の気質について徹底的に調べあげており
    父親がフィリピン提督でアジアに詳しく、アカ嫌いで民主党政府に対し造反的でしたので。

    しかし、皇室存続すべしと「確信」したのは
    昭和天皇に謁見した、最初の瞬間ではないかと思います。
    陛下の類まれなる知性と無私無欲のお心が、何らかのインスピレーションを与えたのでは。
    一見、彼らの神とは違うけれど「この方はやはり神なのだ」と‥

    その後、陛下からのお言葉を受け喜んで食料支援を行ったり、
     (これについては東条英機元帥が、遺書にて米軍に感謝しておられる)
    日本人のルーツと深く関わる古い祭祀の「博多祇園山笠」について
    GHQ全体による廃止の決定を覆して、強引に存続させたり。

    皇室にはそんな不思議なパワーがあると思います。

  5. 小心者:

    加藤哲郎さんって‥

    ・戦後サヨクの総本山の一人・丸山真男を信奉
    ・徹底的にアンチ安倍
    ・有田芳生、湯川れい子のお仲間(意見広告7人の会呼びかけ人)

    なんとかして昭和天皇を貶めたいんですね‥

  6. matu:

    小心者様
    加藤氏の上述の論文は読んで頂けましたか。ネットで全文読むことができます。
    どのような思想背景があるにしろ、学者として米国公文書にあった資料を読み解き、当時の「米国の対日戦略」を示して下さった功績は大きいものと思います。
    >なんとかして昭和天皇を貶めたいんですね
    となるような部分がどこかにあるのか、教えて頂ければと思います。

    若狭和朋氏の著書からならいかがでしょうか。
    「ほとんどの日本人はOSSというアメリカの情報機関の名を知らない。これはひとえに戦後の検閲の後遺症である。CIAの前身だと言えば多くの人が合点するが、この「前身」は昭和16年の5月に計画され翌17年6月には活動を開始していた。
    昭和16年の5月といえば日本は日米交渉の妥結に向けて憔悴していた時期である。ルーズベルトの命により親友のドノヴァン大佐が長官となり、イギリス諜報部M16などの援助を受けながら・・
    さて、OSSが策定した「日本計画」こそが戦後日本の運命を決めたと言っても過言ではない。例えば
    天皇制度は残すということが決められた。直接の目標は、天皇をして軍部との対立に導き日本の敗北を早めるという戦略からである。
    続いて第二段階目には「象徴」としての天皇を「国民主権」の下位に置き、「国民の総意」により退位させ、天皇制度を廃絶させるという「二段階革命論」を成就させようと構想していた。
    OSSは、事実上のマッカーサーの上部組織であって、ここで練られたシナリオが米国大統領によりGHQに伝達されていたのである。・・」『日本人が知ってはならない歴史 戦後篇』

    マッカーサーやGHQが天皇を残したなどと多くの日本人が信じているのは、奴らの対日心理戦略の成果であって、これではいつまでたっても我々は歴史から学ぶことができないのではないかと
    今回の映画もその洗脳を定着させ、真実を覆い隠すためのプロパガンダではないかと思っています。
    (フェラーズは明らかに諜報員であり対日心理戦略の責任者です。「リトル・フェラーズ」で確定です。)

    加藤氏は、「9.11以後の情報戦の米国側ルーツ」を調べている内に、この資料に遭遇したと述べています。私にとっては非常に参考になる論文です。